オーディオドラマ「五の線3」

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【一話からお聴きになるには】 http://gonosen3.seesaa.net/index-2.html からどうぞ。 「五の線」の人間関係性による事件。それは鍋島の死によって幕を閉じた。 それから間もなくして都心で不可解な事件が多発する。 物語の舞台は「五の線2」の物語から6年後の日本。 ある日、金沢犀川沿いで爆発事件が発生する。ホームレスが自爆テロを行ったようだとSNSを介して人々に伝わる。しかしそれはデマだった。事件の数時間前に現場を通りかかったのは椎名賢明(しいな まさあき)。彼のパ

闇と鮒


    • May 16, 2025 LATEST EPISODE
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    200 第189話「追撃開始」

    Play Episode Listen Later May 16, 2025 17:42


    3-189.mp3瓦礫の山が散乱し、破れた天井から滴る雨が打ちつける――焦げた金属の匂い、湿った埃の匂い、濃密な死と破壊の残滓が入り混じるその空間を、吉川と黒田は慎重に進んでいた。踏みしめるたびに砕けたガラスが軋み、ぬかるんだ床が靴底に重く絡みつく。外から漏れ込む薄い光が、崩れた什器の隙間をぼんやりと照らし、無人のはずの空間に幻のような影を落とす。吉川は銃をわずかに前に構え、黒田は唇を噛みしめながらその背を追った。無線機から小さく音が鳴った。「こちら商業ビル班、全員撤収完了。..

    199.2 第188話「瓦礫の中、未だ立つ」【後編】

    Play Episode Listen Later May 2, 2025 14:31


    3-188-2.mp3廃墟を目の前にしたこの空間には、冷たい雨音が微かに反響していた。瓦礫を避けながら慎重に進む吉川の視線は、常に周囲を警戒している。「椎名はまだこの空間にいるんでしょうか。」吉川は小さく呟いた。「ここは包囲されている。仮に逃げ出すとしても、音も立てずにこの状況を脱するなんて無理だ。どこかで奴の痕跡が出る。」だが、まだ何の報告もない。それはつまり、椎名はこの封鎖された現場のどこかに潜んでいるということだ。「この途轍もないテロ事件を、たったひとりで仕立て上げた男..

    199.1 第188話「瓦礫の中、未だ立つ」【前編】

    Play Episode Listen Later May 2, 2025 12:40


    3-188-1.mp3勇二との連絡を終えた椎名は商業ビルの瓦礫の中で、一息ついた。ヤドルチェンコの始末は勇二に託した。さてここから自分が取る行動は…と考えようとしたとき、かつての百目鬼とのやり取りを思い出した。「ああそうだ。このテロ対でアナスタシアという言葉を知っているのは俺だけだ。だから案ずるな。」「アナスタシアがどうしたんですか。」「…。」「公安特課はアナスタシアのどこまでを知っているんですか。」「それは言えない。」「彼女は息災なんですか。」「それも言えない。」「どうすれ..

    198.2 第187話【後編】

    Play Episode Listen Later Feb 14, 2025 14:37


    3-187-2.mp3瓦礫が散乱し、崩壊したフロアの中にもかかわらず、アパレルショップのディスプレイが無残に残っていた。その中に、ミリタリーショップが偶然にもあった。椎名はその店内で服を物色し、迷彩服を手に取った。雨に濡れたシャツを脱ぎ捨て、軍人らしい出で立ちに着替えていく。鏡に映る自分の姿をじっと見つめる。その姿はまさに彼の本質――戦場に生きる者そのものだった。「やはり、しっくりくるな。」彼はふと何かを思い出したかのように呟く。「仁川さん…?」「仁川さっ…!」「椎名!」18..

    198.1 第187話【前編】

    Play Episode Listen Later Feb 14, 2025 13:10


    3-187-1.mp3相馬からの報告がないまま、時間だけが過ぎていた。テロ対策本部の室内は、重苦しい空気に包まれていた。誰も言葉を発さず、机上の時計の秒針がやけに耳に響く。「こちらSAT。テロ対策本部ですか。」突然、無線から声が響いた。岡田は反射的に無線機を手に取った。「こちらテロ対策本部だ。そちらは?」「SATの吉川です。自衛隊から応援に入っています。」その名を聞き、岡田は瞬時に思い出した。相馬から自衛隊特務2名と協力しているとの報告だった。そのうち1名がSATに応援として..

    197.2 186話【後編】

    Play Episode Listen Later Jan 31, 2025 11:34


    3-186-2.mp3雨音の中、椎名は低い声を出した。「トゥマンの状況は。」電話の向こう、アルミヤプラボスディアの精鋭部隊トゥマンを指揮するベネシュ隊長は、一瞬の間を置いて答えた。「戦力の4割は削られた。」その報告に、椎名は短い沈黙を挟み、冷ややかに呟く。「全滅か…。特殊作戦群はまだそこまでの被害は出ていない。」ベネシュは唇を噛みながら問いかけた。「どうする。」「今こそ撃鉄を起こせ。反共主義者に鉄槌を下すのだ――とプリマコフ中佐はおっしゃっている。」仁川の言葉には感情の起伏が..

    197.1 第186話【前編】

    Play Episode Listen Later Jan 31, 2025 12:50


    3-186-1.mp3「三波…。」ハンドルを握る手に力が入る。先ほど耳にした三波の死亡報告が、黒田の胸に重くのしかかっていた。「お前なら、この状況をどう伝える…?」黒田は自分に問いかけた。三波はこの事件に命を懸けた。それは自分たちの仕事が単なる報道ではなく、社会に真実を伝える事こそが「使命」だと信じていたためでもあった。その信念を知っている黒田だからこそ、その死を無駄にすることはできなかった。誰かが、このこと世の中にを伝えなければならない。京子は泣きながら三波の死を報告してき..

    196.2 第185話【後編】

    Play Episode Listen Later Jan 17, 2025 19:18


    3-185-2.mp3瓦礫と煙が充満する中、相馬は身を屈めながらもてなしドームの方向に進んでいく。鉄骨がむき出しになった構造物の隙間から、焦げた臭いと重い空気が流れ込んできた。「…本当にここは金沢駅か?」相馬は一人ごちるように呟いた。滑りやすい足元に何度もつまづきながら、ようやく車両の残骸にたどり着く。彼は息を呑んだ。車両は完全に焼け落ち、炭化した鉄の骨組みだけがかろうじて原形をとどめている。周囲には黒焦げになった肉片のようなものが散らばり、もはやそこに人がいた形跡すら分から..

    196.1 第185話【前編】

    Play Episode Listen Later Jan 17, 2025 16:30


    3-185-1.mp3金沢駅周辺は瓦礫と黒煙に包まれていた。さっきまでの轟音と衝撃は過ぎ去り、代わりに訪れた静寂が耳を痛くするほどだった。辺りには硝煙と焼け焦げた鉄の匂いが漂い、崩れ落ちた構造物の隙間から冷たい風が吹き抜けている。雨はすでに降っていた。小さな雨粒が瓦礫や死体の上に降り注ぎ、静かに煙を冷やしている。雨音がかすかなざわめきのように現場に広がっていたが、次第にその音が耳障りなほど強くなり始めた。吉川は荒れ果てた現場に足を踏み入れた。靴底が瓦礫を踏む音だけが響く中、彼..

    195.2 第184話【後編】

    Play Episode Listen Later Jan 3, 2025 14:54


    3-184-2.mp3半壊した柱の陰にしゃがみ込む朝戸は、壁越しに男の姿を捉えていた。男はSATの制服をまとい、平然とした態度で無線に向かって何かを指示している。だが、周囲に転がる遺体、SAT隊員たちの無残な姿が、その男の存在に異様な違和感を与えていた。「不自然すぎるだろ…。」朝戸は呟いた。SAT隊員たちが壊滅状態にある中で、彼だけが生き残っているのはどう考えてもおかしい。男の佇まい、異常な状況、不敵な態度。すべてが朝戸に「こいつは普通じゃない」と訴えかけてきた。「偽物…。」..

    195.1 第184話【前編】

    Play Episode Listen Later Jan 3, 2025 10:42


    3-184-1.mp3機動隊の車両がもてなしドームに突っ込んでくる様を、相馬は物陰に隠れて見ていた。「あいつを壁にするんですか。」「そのようだな。」相馬の隣で児玉も同じように物陰に隠れていた。「え…あれって。」相馬の視界に一機のドローンが映った。刹那それは機動隊車両の上で自爆した。「伏せろ!」唐突に、児玉の声が交番内に響いた。声の鋭さに、相馬は条件反射的に身をかがめ、床に倒れ込むように伏せた。その瞬間――。爆発の轟音轟音とともに、全てが白くなり、凄まじい衝撃が空間を引き裂いた..

    194.2 第183話【後編】

    Play Episode Listen Later Oct 25, 2024 6:44


    3-183-3.mp3ドローンが機動隊車両の上空に達したかと思うと、突如として激しい閃光が放たれた。次の瞬間、爆音とともにドローンが自爆し、その衝撃が車両に直撃する。軽めの爆発音爆発音は雷鳴のように周囲に轟き、もてなしドームを揺るがした。その音は商業ビルのガラスを震わせ、破片が空中を舞った。吉川「伏せろっ!」吉川がSAT隊員に大声で言った。大きな爆発車両の中に積まれていた火薬が誘爆した。炎が瞬く間に車両全体を包み込み、巨大な火の玉が金沢駅前を照らし出した。爆風は猛烈で、周囲の..

    194.2 第183話【中編】

    Play Episode Listen Later Oct 25, 2024 18:38


    3-183-2.mp3特殊作戦群「こちら特殊作戦群、これよりアルミヤプラボスディア掃討のため現場に介入する。SATは援護を頼む。」無線の一報が入った瞬間、戦場のすべての勢力が息を呑んだように思えた。自衛隊の特殊作戦群が戦闘に介入する。それは、当該部隊が創設され初めてのことである。しかも現場は日本。すべての当事者が、その異様な光景に困惑し、動きを止めた。片倉「特殊作戦群やと…。」公安特課テロ対策本部の片倉がこれ以上の言葉が出ないようだった。相馬「特殊作戦群…。」駅交番で児玉と共..

    194.1 第183話【前編】

    Play Episode Listen Later Oct 25, 2024 17:05


    3-183-1.mp3外国人観光客の保護を名目に、ウ・ダバの制圧を試みる。それがトゥマンの当初計画だった。だが、その仕込みの外国人観光客が全員殺されてしまった。そのため彼らを保護する行動という名目はなくなってしまった。先ほどから仁川と無線連絡を取ろうとするも応答はない。爆発音トゥマンA「少佐による合図です。」轟音と共に金沢駅のもてなしドームが煙に覆われた。トゥマンA「爆発と同時に車両火災が発生した模様。炎と黒煙が上がっています。視界不良。」この状態ではこちらから伝令を寄こすの..

    193.2 第182話【後編】

    Play Episode Listen Later Oct 4, 2024 13:49


    3-182-2.mp3朝戸は商業ビル1階まで降りてきた。ー藤木さんよ…。あんたやっぱり警察の人間だったんだな…。偶然が過ぎた。沙希が眠る寺で偶然出会い、宿も偶然一緒。これを縁としてセバストポリとかいう喫茶店で食事し、他愛もない話で世代を超えて盛り上がる。沙希の姿を投影した山県久美子の様子を見て、気を落ち着かせようと彼女の勤務先の近くにいると、ここでもまた偶然、藤木と遭遇。そこでまさにこのコーヒーチェーン店で自分の孤独について吐露した。このコーヒーチェーン店で記憶は消え、気がつ..

    193.1 第182話【前編】

    Play Episode Listen Later Oct 4, 2024 11:46


    3-182-1.mp3「おい。あれ。」吉川が妙なものを見るような声を出したため、相馬と児玉は彼の指す方を見た。窓の外に自動小銃を小脇に抱えてこちらの方に悠然と歩いてくる男の姿があった。咄嗟に相馬は本部に照会をとった。「駅交番から本部。」「はい本部。」「音楽堂の方面から鼓門方面に徒歩で移動する、武装した男一名あり。」「それが椎名賢明だ。」「椎名は何を?」「予定より少し早いがウ・ダバをおびき寄せることになった。」「この状況下でですか?商業ビルの状況もまだ把握できていないのに?」貸..

    192.2 第181話【後編】

    Play Episode Listen Later Sep 20, 2024 20:02


    3-181-2.mp3銃撃数分前「はぁ…はぁ…はぁ…。」ようやく6階の階段踊り場にたどり着いた古田は息も絶え絶えだった。疲労により腰をかがめた状態の彼は、階段の手すりから手を離し、自分の膝をぐっと押す。やっとの思いで、彼は背を伸ばすことができた。ついさっき、パンパンという銃声と後に凄まじい連射音が聞こえた。自分のような警官が所持しているハンドガンの音ではない。連射機能を備えた自動小銃の音だ。こんなところでボヤボヤしている場合ではない。すぐに銃声の聞こえた方に向かいたいが、身体..

    192 第181話【前編】

    Play Episode Listen Later Sep 20, 2024 11:20


    3-181-1.mp3ここは金沢駅隣接のマンションの一室。必要最低限の通信機材とパソコンが配されたそこには、それを操る通信員と武装した男達が所狭しと待機していた。ベネシュを頭とするトゥマンは部隊を何個かに分けて、この場所に到着した。1時間前のことである。当局が民間人を金沢駅周辺から事前に避難させるようだとの情報を入手したベネシュは、その混乱に乗じて部隊の内3名と、現地協力者の7名でもって商業ビルで威力偵察を仕掛けるよう命令を出した。公安特課や自衛隊が混乱に対してどういった対応..

    191 第180話

    Play Episode Listen Later Sep 6, 2024 21:31


    3-180.mp317時半「おい!椎名!マサさん!返事しろ!」片倉が無線機から何度も椎名と富樫の名前を呼ぶ声が聞こえていた。「Слава Отечеству。」「では始めよう。」椎名は車両の中のキャビネットをまさぐり、武器を手に取り始めた。「あぁすいません。無線の調子が急におかしくなってしまって。」「なんや、ジャミングか。」「わかりません。急に音が聞こえなくなってしまって。」「椎名は。」「出ました。」「なに?」「いま車から出ました。」「な、もう!?」森本の前に座る椎名はにやり..

    190.2 第179話【後編】

    Play Episode Listen Later Aug 23, 2024 10:40


    3-179-2.mp3金沢駅隣接の商業ビル。ここでは30分前から施設の緊急点検を行うということで、ビルに入居する店舗と来店客に一斉退去を求めていた。山県久美子が店長を務める店舗も例外ではなく、アルバイトを先に帰宅させた彼女は売上金や釣り銭を手持ちの巾着袋にまとめて、それを抱えて業務用の階段で移動していた。「久美子!」人の流れに逆らうようにこちらに向かって来る者があった。オーナーの森である。彼女らは一旦人の流れから距離をとった。「なんだかショップの方が騒がしいって聞いてきたら、..

    190.1 第179話【前編】

    Play Episode Listen Later Aug 23, 2024 12:01


    3-179-1.mp3青と白のストライプ柄の機動隊車両が音楽堂側の道路に駐車した。車の中では様々な通信機器が搭載されていて、頻繁にどこかと交信している様子だ。「あと30分。」腕時計に目を落とした富樫が呟いた。「5分前に出るか。」「はい。」富樫と横に並ぶように座っているのは椎名賢明だ。この車両の中には彼ら二人と機動隊員3名。通信手が2名の総勢7名が居る。椎名は窓に掛けられたカーテンに隙間を作り、そこからのぞき込むように外の様子を見た。窓に張り巡らされた鉄格子が視界を邪魔した。鉄..

    189.2 第178話【後編】

    Play Episode Listen Later Jul 19, 2024 14:02


    3-178-2.mp3金沢駅の改札口前に大きなホワイトボードが設置された。そこには「この先大雨の予報のため、本日の運行を中止します」と達筆で書かれている。確かにまとまった雨が降り出した。しかし昨日の大雨と比べてたいしたことは無い。携帯の天気予報アプリで雨雲レーダーを見ても、そこまでの降雨量は予想されていない。なのに運行中止の案内だ。駅側の説明によると、昨日の大雨によって緩んだ地盤が、今日のこの雨によって崩壊した箇所が数カ所発生したようだ。それにより架線が破壊され運行ができない..

    189.1 第178話【前編】

    Play Episode Listen Later Jul 19, 2024 11:34


    3-178-1.mp3「ご遺族には私から連絡する。当面デスクは三波君のことは秘して、平静を装ってくれ。」「…。」加賀と正対する黒田はただひたすらに床を見つめて直立していた。前髪が黒田の顔を隠すため、加賀の目では彼がどういった表情をしているかは分からない。「デスク。」「…わかりました。」社長室から出た黒田は二歩ほど歩いた。しかしどうも足下がおぼつかない。壁により掛かるとへなへなと自分の身を折りたたむようにそのままそこに座り込んでしまった。「嘘だろ…。」声にならない声を出す。自分..

    188.2 第177話【後編】

    Play Episode Listen Later Jul 5, 2024 17:48


    3-177-2.mp3静かに開かれたそこから岡田が姿を現した。片倉と富樫は彼の姿を見てこう思った。疲れ切っている。ここ数日、まとまった休息をとっていない。それは片倉や岡田、百目鬼と言った上層部の人間だけがそうだというわけでなく、富樫のような現場の人間も同じだ。皆に余裕がない。だから片倉も富樫もここで岡田を気遣うような言葉を発する余裕もなかった。部屋に入ってきた岡田はスピーカーから流れるツヴァイスタン語の会話を背景に片倉に語りかけた。「椎名の様子はどうですか。」「案外落ち着いと..

    188.1 第177話【前編】

    Play Episode Listen Later Jul 5, 2024 4:44


    3-177-1.mp3コーヒーをすする音「完全に暴走し出した感じですかね。朝戸。」「…。」「片倉班長?」「あ、あぁ…。」再びコーヒーを啜った富樫は片倉を珍しいものを見るような目をして続ける。「案外、班長もセンチなんですな。」「…。」「センチになるのは明日で良いじゃないですか。」この言葉に片倉は一息つく。「…あぁそうや。無事明日になれば、そこで思いっきり怒って笑って泣けば良い。マサさんの言う通りや。」こういうと片倉は立ち上がった。「椎名はこの朝戸の行動については、本当に関知しと..

    187.2 第176話【後編】

    Play Episode Listen Later Jun 21, 2024 8:39


    3-176-2.mp3バイクのエンジンを切った京子はそれから飛び降りた。山小屋の入り口付近の状況は先ほどと何の変わりもない。あるのは今乗ってきたオフロードバイクだけだ。小屋の入り口の前に立った京子はそこから再び三波の名前を呼んだ。「三波さん。」返事がない。自分の声量が小さかったかもしれない。しかし大きな声を出すのは憚られる雰囲気をこの場は持っていた。京子は恐る恐る入り口扉を開いた。暗い。壁板から漏れる明かりが中を所々照らしているが、そのほとんどが見えない。京子は中に入るために..

    187.1 第176話【前編】

    Play Episode Listen Later Jun 21, 2024 15:55


    3-176-1_2.mp3「片倉班長。報告が。」神妙な面持ちで捜査員のひとりが片倉に耳打ちした。「先ほどまでここに居た捜査員が逃走しました。」「なにっ?」「署内で電話をする奴の姿を見た同僚警察官が声をかけると、ごにょごにょ言ってその場から走って逃げだしたというものです。」「簡単に説明してくれ。」片倉の代わりに椎名の対応をしていた捜査員が、署内で「合図を待て」とか「追って連絡する」と電話で話す姿を同僚警察官が見たので声をかけた。その同僚警察官は彼が公安特課、とりわけ現在の片倉の..

    186.2 第175話【後編】

    Play Episode Listen Later Jun 7, 2024 10:42


    3-175-2.mp3「おかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が切られているため…」「なんだよー。どこ行っちゃったのよ…。」電話を切った片倉京子はため息をついた。ここで待ってると言われた場所に戻ってきたのに、当の三波が居ない。まさか心変わりしてまた家に帰ったなんて事はあるまい。体力が回復したから先を急いだのだろう。どうせすぐに私に追いつかれるのだから。そう判断した京子は遊歩道を歩くのを止め、開けた車道の方に出た。こちらの方が舗装されている分、駆け足でもいける。..

    186.1 第175話【前編】

    Play Episode Listen Later Jun 7, 2024 17:02


    3-175-1.mp3「はぁはぁはぁ…。」息を切らして部屋の隅に膝を抱え込んで座る朝戸がいた。彼の視線の先には横たわる男の姿が二つ。いや三つ。何れも血液によって畳を黒く染めている。頭痛音「ううっ!」金槌のようなもので殴られたのではないかと思えるほどの衝撃が自分の頭部に走る。頭を抱えて彼はその場に倒れた。すると左肩をじゅわっとした液体の感触が走った。なんとも言えない不快な感覚だ。しかしその不快よりも頭痛の方が勝っていた。朝戸は横になった。すると同じく横たわっている一人と至近距離..

    185 第174話

    Play Episode Listen Later May 24, 2024 16:39


    3-174.mp3マウスホイールをころころと転がし、SNSのタイムラインを流し読みする椎名の目が「日本大好き」という名前のアカウントを補足した。ーちうつょえひいしなはひうじょんくょふここで椎名の動きは止まることは無い。他愛もないポストの連続だと言わんばかりに、椎名はタイムラインを下へ移動させた。この部屋には自分以外の誰もいない。あるのはデスクトップ型のパソコンと部屋の四隅に設置されたカメラだけ。椎名は大きくため息をつく。次いで首を前後左右に動かす。こうやって肩をほぐすそぶりを..

    184.2 第173話【後編】

    Play Episode Listen Later Mar 29, 2024 7:48


    3-173-2.mp3民泊の床下から続く通路は20メートル先の廃屋に通じていた。そこには生活の形跡はなく、何者かが常駐していた様子もなかった。ただ鑑識によるとバイクのタイヤ痕のようなものが確認されており、ここに出た朝戸は、そのバイクに乗って何処かへ移動したものと考えられた。「駄目です。目撃情報はありません。」地取り捜査の報告を受けた岡田は肩を落とした。「自衛隊も公安特課も踏み込んだら対象居ませんでしたって…。」昨日、自衛隊が踏み込んだアパートは今回の民泊とは目と鼻の先だ。どち..

    184.1 第173話【前編】

    Play Episode Listen Later Mar 29, 2024 15:10


    3-173-1.mp3時刻は正午となった。携帯を見た椎名は、力なく首を振った。「梨の礫か…。」「こうなったからには、朝戸は捨てます。朝戸は発見次第排除お願いします。」百目鬼に椎名が応えた。「朝戸の合図を持って事が始まるんだろう。」「私の統制下で事を起こす分には、それは制御可能ですが、事態はそうではありません。なので危険は排除しましょう。」百目鬼は隣に居た片倉と目を合わせてひと言。「わかった。」これに椎名は頷いた。「逮捕とか考えなくて良いです。その場で排除してください。」「って..

    183.2 第172話【後編】

    Play Episode Listen Later Mar 8, 2024 12:51


    3-172-2.mp3腕時計に目を落としていた男が顔を上げると、前に居た男が頷いた。ガラガラガラっと民泊の玄関扉を開くと、どこからともなく二人の背後から6名程度のアウトドアウェア姿の男らが現れ、物音ひとつ立てずに宿の中に全員流れ込むように入っていった。「ごめんくださーい。」「はーい。」しばらくして奥から宿の主人が現れた。主人は目の前に突然屈強な男らが大勢現れたことに、驚きのあまり腰を抜かした。「こちらに朝戸さんって方、泊まってらっしゃるでしょ。」「あ、あ…。」声すら出せない主..

    183.1 第172話【前編】

    Play Episode Listen Later Mar 8, 2024 10:15


    3-172-1.mp3「わかりました。公安特課が一時的に居なくなる隙を狙って、突入します。」「現場の報告によると、今現在、対象の民泊で働いているのは、そこのオーナーただひとり。利用者も朝戸一名や。」「環境は整っているというわけですね。」「ああ。ほうや。事前に潜入しとったトシさんが見る限り、特段、武装しとるふうには見えんかったようや。が、油断は禁物。施設にどういった仕掛けが施されとるかわからんしな。」「了解。」ふと神谷は時計を見た。時刻は8時20分だ。「こちらは0830(マルハ..

    182 第171話

    Play Episode Listen Later Feb 23, 2024 18:05


    3-171.mp3- 椎名はテロ実行直前までチェス組と連携し彼らをエスコートする。そこに警察は介入しないこと- 実行直前に公安特課の出番をつくるので、相応の人員を用意すること- 空閑と朝戸にはしっかりと専任者を配置し、勝手な動きをしないよう監視を強化すること- サブリミナル映像効果を少しでも薄めるため、こちらで用意した動画をちゃんねるフリーダムで短時間で集中的に配信すること- テロは爆発物によるものであるはず。可能性を徹底的に排除すること- 朝戸がテロの口火を切る行動をし、そ..

    181.2 第170話【後編】

    Play Episode Listen Later Feb 9, 2024 7:56


    3-170-2.mp3「っくしょん!」パソコンの前に座ったままで目を瞑り、軽く睡眠をとっていた椎名はくしゃみによって目を覚ました。自分の体調について尋ねる声はない。椎名を監視しているはずの片倉や岡田といった連中も今は眠っているのかもしれなかった。しかしこちらから向こうの様子は見えないので迂闊な言動は慎むべきだ。とりあえず椎名はSNSのタイムラインを流し読みすることにした。ハッシュタグ立憲自由クラブでフィルタリングされたそこには、日章旗と旭日旗が入ったアイコンがよく見られる。そ..

    181.1 第170話【前編】

    Play Episode Listen Later Feb 9, 2024 15:45


    3-170-1.1.mp3金沢市郊外の築古マンション。その一室にウ・ダバの構成員の一部が潜んでいた。「おい起きろ。」 هيه استيقظ肩を小突かれたアサドはやっとの思いでその目を開いた。「もう6時だ。いつまで寝てんだ。メシを食え。」إنها الساعة السادسة بالفعل.كم من الوقت نمت؟كل الطعام.「ああ、すまない。」أه آسف.アサドの目の前の男性は苛立っていた。この部屋の間取りは2LDK。アサドが目を覚ましたこの部屋には、大型の..

    2ldk
    180.2 第169話【後編】

    Play Episode Listen Later Jan 19, 2024 8:18


    3-169-2.mp3「拉致被害者を全員返還ですと!?」「はい。このことはこちら側に陶晴宗を引き込んだ、あなたの功績に依るものが大きいですよ。」応接用のソファに座り正対する仲野の身体がどこか震えているように見えた。「しかし、冒頭申し上げたとおり今回のテロを制圧することが条件です。」「…鵡川総理はなんとおっしゃてらっしゃるのですか。」「総理には私からまだ詳細をお話ししていません。」「えっ?」「仲野先生のご意見を拝聴した上で、総理の決断を仰ごうと思いまして。」「どうして…。私の意..

    180.1 第169話【前編】

    Play Episode Listen Later Jan 19, 2024 19:12


    3-169-1.mp3今回のテロ計画はオフラーナの暴走であり、政府は一切関与していない。またそのテロ計画をツヴァイスタン人民軍は、民間軍事会社アルミヤプラボスディアをして、阻止せしめようとしているわけだが、その内容はテロ実行部隊の殲滅を企図している。これはオフラーナの実働部隊であるウ・ダバの無力化のためで、この作戦で人民軍は、オフラーナに対して優位に立つことを画策している。つまり今回のテロ計画を発端とした武力抗争は、日本を舞台にしたツヴァイスタン人民軍と秘密警察オフラーナとの..

    179 第168話

    Play Episode Listen Later Jan 5, 2024 21:04


    3-168.mp3深夜、都内の静かな高級ホテルの一室で、緊迫した会議が行われていた。窓の外は漆黒の闇に包まれ、部屋の中の緊張が余計に際立っている。ツヴァイスタンの代表者、エレナ・ペトロワとイワン・スミルノフは、不安と戸惑いを隠せずにいた。彼らの目的は、日本でのオフラーナと人民軍の対立を終わらせることだったが、予期せぬ展開に直面していた。一方、日本政府側の代表、内閣情報調査室の関孝雄と陶晴宗は、冷静な表情を崩さずにいた。特に陶は、この状況における重要な駒であることが明らかになっ..

    178.2 第167話【後編】

    Play Episode Listen Later Dec 17, 2023 12:27


    3-167-2.mp3現在エレナは窓辺に立ち、東京の輝く夜景を眺めていた。「姉さん。これが外の世界よ。」冷めた声で独りごちる彼女は、その美しさに心を奪われることはなかった。彼女の心は、姉のアナスタシアが連行されたあの日に囚われている。彼女が最後に交わしたあの切ない微笑みを、エレナは決して忘れられなかった。彼女はツヴァイスタン外務省の国際戦略調整局に所属し、国際政策の策定や戦略的情報分析、危機管理などの重要な任務に就いている。だがそのすべての知識と能力をもってしても、オフラーナ..

    178.1 第167話【前編】

    Play Episode Listen Later Dec 17, 2023 11:27


    3-167-1.mp36年前仁川征爾は査問委員会の厳粛の中心に座り、委員たちの厳しい視線を一身に受けていた。部屋の空気は緊張で張り詰めている。オフラーナの制服を身に纏った委員たちの表情は、仁川の忠誠心を疑うかのように冷ややかだった。「では始めよう。」委員長が静かに宣言し査問が始まる。問いは鋭く、彼の過去をえぐるようだった。仁川の答えは慎重に選ばれ、かつ相手に悪感情を抱かせないように自信をひた隠しにしていた。彼は自分の二重スパイとしての任務を隠し続けながらも、オフラーナという組..

    177.2 第166話【後編】

    Play Episode Listen Later Dec 1, 2023 10:50


    「五の線」は日本を舞台にした諜報物語のポッドキャスト。日本、ロシア、中国の諜報活動を描く独自のドラマ。

    177.1 第166話【前編】

    Play Episode Listen Later Dec 1, 2023 17:31


    五の線」は日本を舞台にした諜報物語のポッドキャスト。日本、ロシア、中国の諜報活動を描く独自のドラマ。

    176.2 第165話【後編】

    Play Episode Listen Later Nov 17, 2023 14:45


    3-165-2.mp3「Хорошо. Но будьте умеренны. Не поднимайте шума. О, да. Это обнадеживает. Я бы предпочел, чтобы вы считали это демонстрацией силы с нашей стороны.そうか。しかしほどほどにしておけよ。決して騒ぎを起こすなよ。ああそうだ。それは頼もしいな。むしろ我々の力の見せ所と思って欲しい。」「Да, я вижу. Вот э..

    176.1 第165話【前編】

    Play Episode Listen Later Nov 17, 2023 15:26


    3-165-1.mp3四畳半程度の部屋の真ん中にあるデスクでラップトップ型PCを向かい合うのは椎名賢明だ。インカムをつけた彼はビデオ会議ツールで外の捜査本部のスタッフとコミュニケーションをとっていた。ドアをノックする音「はい。」資料ですと言って、男が紙の束を持ってきた。椎名はそれをご苦労様ですと受け取った。続けて彼は紙コップに入ったコーヒーを椎名の前に差し出した。これには椎名は紙コップに目を落とし「ありがとうございます」とだけ言ってそれを受け取った。男は頭をぺこりと下げ、椎名..

    175 第164話

    Play Episode Listen Later Nov 3, 2023 20:57


    3-164.mp3「久しぶり。トシさん。」取調室の中に入ってきたのは片倉だった。それを目で追いながら古田が言った。「なんや、なんでお前がここに居るんや。」「いろいろあってな。」「ちっ。」古田は舌打ちして片倉から目をそらした。「何け。」「お前もあれか。」「何?あれって。」「おめぇもワシのこと厄介払いしとるんか。」片倉はあきれ顔を見せた。「まー厄介や。」「あん?」「厄介やわいや、んな直ぐ一歩歩いたらさっきのこと忘れるんやしな。」「おいおめぇ人のこと呆け老人呼ばわりしやがって。」「..

    174.2 第163話【後編】

    Play Episode Listen Later Oct 20, 2023 11:31


    3-163-2.mp3「あり合わせで用意しました。」そう言って出されたのはハンバーガーだった。「自分、奥にいますのでごゆっくり。」マスターが奥に引っ込んだを見届けてふたりはそれを頬張った。「うまい。」京子も三波もその確かな味に唸る。「このボストークって最近映えるとかで有名な店だろ。」「はい。」「この手の雰囲気重視の店って、どっちかっていうと味は微妙ってのが多いけど、ここは違うね。」「そうでしょ。しっかりおいしいんです。」「ランチですとかいってワンプレートのもん出されても、え?..

    174.1 第163話【前編】

    Play Episode Listen Later Oct 20, 2023 12:13


    3-163-1.mp3「失礼します。」スライドドア音「あぁ京子か。」身支度をする三波の姿があった。「もういいんですか?」「まぁ、正直良いか悪いかわかんない。主治医がいなくなっちまったからな。」京子は返す言葉を失った。「どこまで知ってる?」三波の質問の真意を測りかねる京子はただ首を振って応えるだけだった。「で俺から根掘り葉掘り聞き出してやろうってことでここに?」「そんなところです。」彼はため息をつく。「残念だけど、今回ばかりはお前に話せることはない。」「どうしてですか。」「俺ら..

    173.2 第162話【後編】

    Play Episode Listen Later Oct 6, 2023 13:56


    3-162-2.mp3「なに?突入した!?」朝戸班からの報告を受けた岡田は大きな声を出した。普段大きな声を出さない彼がこのような反応を見せるのは珍しい。テロ対策本部の中のスタッフが一斉に彼を見た。古田が朝戸が泊まる宿近くのアパート部屋を何件か当たったところ、屈強な男らがそこに合流。突如としてその中の一室に踏み込んだとの報告だった。「それってまさかトシさんが?」「いいえ。どうもそうじゃないようです。古田さんはその場に越し抜かすように座り込んでしまってました。」岡田は片倉を見ると..

    173.1 第162話【前編】

    Play Episode Listen Later Oct 6, 2023 11:50


    3-162-1.mp3「もぬけの殻…だと…。」「はい。」赤石は頭を抱えた。「監視していたんだろう。」「はい。常時監視していました。」「どうしてこんなことが起きる。」「アパートの一階の床下に立坑発見。」「立坑…。」「現在、中を捜索中です。」「十分に注意されたい。」「了解。」電話を切った赤石は歯ぎしりした。「アルミヤプラボスディアの手がかりが消えた…。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「陽動成功。」「よくやった。」「引き続き地点デルタにて待機する。」「で..

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