『ラジレキ 〜りーとん・そっしーのラジオ歴史小話〜』 〜歴史 × ビジネス × 雑談ネタ × ゆるさ〜 意外な組み合わせを、"歴史大好き" りーとんと、"音の職人" そっしーの二人が織りなす、ゆるく聞きやすく、時に痛快に展開するポッドキャスト(Podcast)番組。 番組公式Twitter: https://twitter.com/radio_history_ 〇サブチャンネル「学び直し!日本史総復習編」の各プラットフォームURL〇 Anchor: https://anchor.fm/radio-history-sub1 Spotify: https://open.spotify.com/show/703yn4jPEuhv4FnU70RaUb Note : https://note.com/1minute_history/m/m9d688be6e06a

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」をという言葉を残した班超ですが、実は彼を輩出した班一家は、パパも兄貴も妹も超有名な文人なのです。そんな一族から30代で武の道に飛び出した班超の凄さ・破天荒さにあらためて思いを馳せます。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8日本史総復習編の全エピソード:https://radiohistory.jp/nihonshi/(日本史総復習編の全エピソードを聞くには、無料会員登録が必要です。)

後漢初の時代に西域(中国から見たシルクロードの始点部分)で活躍した班超は、文人一家に生まれながらも武の道を突き進みます。ハイリスク・ハイリターンを言い表した「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という慣用句を班超は発しているのですが、どんなシチュエーションだったのでしょうか。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8日本史総復習編の全エピソード:https://radiohistory.jp/nihonshi/(日本史総復習編の全エピソードを聞くには、無料会員登録が必要です。)

古代民主政治の模範と言われる都市国家アテネ。しかし、ペロポネソス戦争では強権主義的なスパルタに敗北してしまいます。なぜ、アテネは敗れてしまったのか。現代社会にも通じるその原因・理由の一つについて話します。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8日本史総復習編の全エピソード:https://radiohistory.jp/nihonshi/(日本史総復習編の全エピソードを聞くには、無料会員登録が必要です。)

ペルシア戦争勝利の立役者となったアテネ。しかし、その勝利がもたらしたものはアテネの帝国化でした。支配力・影響力を強めるアテネに対してスパルタを中心とするペロポネソス同盟が戦争へと突入しました。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8日本史総復習編の全エピソード:https://radiohistory.jp/nihonshi/(日本史総復習編の全エピソードを聞くには、無料会員登録が必要です。)

天下の総代官として、徳川家康の直轄領150万石を実質的に支配した大久保長安。しかし、彼は派手に遊び、派手に振る舞い、酒池肉林に耽ってしまう部分もありました。そのため多方面に敵を作ってしまっていたのか、彼の死後3か月も経たずに大久保長安家は滅亡を迎えたのでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8日本史総復習編の全エピソード:https://radiohistory.jp/nihonshi/(日本史総復習編の全エピソードを聞くには、無料会員登録が必要です。)

武田信玄に猿楽師として仕え始めた大久保長安は、鉱山開発などの土木事業に関する知見を高めていきます。武田家滅亡後には徳川家康に見いだされ、遂には「天下の総代官」と成りあがったのでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8日本史総復習編の全エピソード:https://radiohistory.jp/nihonshi/(日本史総復習編の全エピソードを聞くには、無料会員登録が必要です。)

豊臣家を滅ぼす大坂夏の陣に参加したはずの松平忠輝ですが、戦闘に参加しないという謎の行動をとります。家康の怒りを買い、家康の死後に領地召し上げ、流罪となりましたが、その後1683年、五代将軍綱吉の時代まで生きるのでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

徳川家康の6男にあたる松平忠輝。彼は戦国時代のスーパースターと血縁・姻戚関係のあった凄い人だったのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

2028年の大河ドラマの主役はジョン万次郎ですが、彼の前にも同じ無人島・鳥島に漂流・漂着した人々がいました。彼らはなぜ無名なのか?それは自力で脱出したために外国との交流が発生しなかったからなのでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

2028年の大河ドラマの主役はジョン万次郎です。そっしーは2010年の坂本龍馬の大河ドラマ、りーとんは小山ゆうさんのおーい龍馬で知りました。皆さんはジョン万次郎との初めての出会いは何でしたか?ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

後嵯峨上皇とその息子たちの皇位をめぐる愛憎劇や保元の乱といったものをみれば「愛ゆえに国は乱れる」わけですよ。なので、後継者問題について徳川将軍家は長子相続を徹底するのでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

後嵯峨上皇は、結果として天皇家を二つに分けてしまいました。以前にも1156年に保元の乱という天皇家を二つに割った戦乱があったのですが、それとの違いはなんだったのでしょうか。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

即位したものの政治的に不安定な立場にあった後嵯峨上皇は、早々にまだ乳飲み子だった息子に天皇位を譲って院政を開始します。自身の政治的立場を安定させるべく、色々と頑張りますが実はそれが南北朝時代を招く下準備となってしまったのでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

天皇家が二つに分かれて争った南北朝時代ですが、天皇家が二つに分かれるきっかけをつくったのは後嵯峨上皇でした。そもそも後嵯峨が天皇位を継承するには複雑な経緯があったのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

ロストテクノロジーと言われているダマスカス鋼。製造方法の記述が残っていますが摩訶不思議な内容(笑)。やっぱり技術伝承は口伝ですな。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

ロストテクノロジーと言われている、水をかけても消えない「ギリシアの火」。ビザンツ帝国を守ったこのテクノロジーが失われた背景には徹底した機密統制があったのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

2026年に没後100年を迎えたガウディ。バルセロナのシンボルにもなっているサグラダファミリア(2034年ごろに完成予定)など、ガウディの作品群が世界遺産にもなっている歴史的建築家を支えたパトロンの存在と、ガウディの最期についてご紹介します。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

2026年に没後100年を迎えたガウディ。バルセロナのシンボルにもなっているサグラダファミリア(2034年ごろに完成予定)など、ガウディの作品群が世界遺産にもなっている歴史的建築家の幼少期のエピソードをご紹介します。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

小倉百人一首を選定した藤原定家。大文化人としての偉業が歴史に輝いていますが、彼の人物像は結構な問題児?忠臣蔵や太宰治っぽさのある彼の行動をご紹介します。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

大政奉還後の戊辰戦争では、箱館五稜郭まで板倉勝静は付き合います。国元の留守を守っている山田方谷は備中松山藩を守るためにそんな板倉勝静を連れ戻すべく部下を派遣したりと苦心したのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

藩政改革を成功させた板倉勝静は幕府中枢に入ります。大老井伊直弼に対しても堂々と自説を主張したため、罷免されてしまいました。しかし桜田門外の変が起きたあと、この姿勢が評価されて祖父・松平定信と同じように老中首座へと登り詰める道が開かれたのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

いよいよ藩主となった板倉勝静は山田方谷を抜擢して、藩政改革を進めます。その中身はThe基本。経費削減とトップラインの拡大というものでした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

幕末に幕府政治を担った板倉勝静(かつきよ)の懐刀である山田方谷(ほうこく)。神童と称えられた彼の前半生について紹介します。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

幕末の激動期に藩政改革で名をあげ、老中首座として幕府政治の中枢を担った板倉勝静(かつきよ)と、彼を支えた名参謀・山田方谷(ほうこく)の熱いバディ感を象徴するエピソードをご紹介します!ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

戦争といえば何年も続く泥沼を想像しますが、史上最短で終わったとされる戦争はどれくらいだったのでしょうか。てか、そもそも「戦争」ってなんなんでしょうね?ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

Sunday、Mondayまでは分かりやすいのに、WednesdayやThursdayになるとスペルが難しくなりますよね。なぜ英語の曜日だけこんなにややこしいのか。そして、日本で曜日が使われたタイミングはいつか?藤原道長の日記に残された痕跡について話しています。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

青歯王ハーラル1世の血を引く孫クヌート大王。 彼はデンマーク、ノルウェー、そしてイングランドまで支配し、「北海帝国」とも呼ばれる巨大な勢力を築きました。しかし、そんな絶頂の彼でも支配できなかったものがあります。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

最近はモバイルデバイスからはイヤホンジャックが淘汰されて無線接続がデフォルトになっていますね。無線規格といえばBluetooth。実はこの名前、10世紀の北欧に実在した王様ハーラル1世「青歯王」に由来しています。なぜ彼が無線規格の名前に選ばれたのでしょうか?ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

南北戦争は「奴隷解放宣言」が出されたという影響だけででなく、実は人類全体にも大きな影響を与えたといえます。現代日本において米国大統領選挙が大々的に報道されるのは、南北戦争の影響と言えるかも!?ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

リンカーンによる奴隷解放宣言が出されました。しかし、キング牧師らによる公民権運動は第二次世界大戦後の話です。なぜ、このような時間ギャップが生じてしまったのでしょうか。人の行動様式や思考様式が簡単に変わらないことを現代日本での事例も踏まえて考えてみました。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

奴隷制と貿易体制をめぐるアメリカの南北対立は、奴隷制に反対するリンカーンが大統領となったことによって遂に南部による合衆国離脱へとつながります。そして勃発した南北戦争。戦争は一度始まるとなかなか終わらせることが難しい。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

アメリカ合衆国が北部と南部に分かれて激しい内戦となった「南北戦争」。通常、この内戦の背景には「奴隷制」を巡る考え方の相違があったと言われますが、実はもう一つ大きな論点があったのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

当時まだ弱小の曹操に仕えて、後方支援や叱咤激励・人材発掘など多彩なサポートをした荀彧でしたが、その最後には不審な点がありました。『後漢書』や『魏氏春秋』で語られる荀彧の非業の死にあった背景とは何か。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

りーとんが三国志のDVDボックスを買って三国志熱が高まっている!そんな中、今回紹介するのは荀彧(じゅんいく)という人物。まだ弱小だった曹操に仕えた荀彧は先見の明がある人物でした。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

アメリカ第37代大統領ニクソン。ニクソンショックやウォーターゲート事件など何となく印象の宜しくない大統領ですが、そんな彼は再起を果たした人物なのです。一度の失敗で終わらない、再チャレンジの認められる社会になって欲しいですね。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

何か間違いや失敗があったら謝罪するっていうのが大事ですね。昔から謝罪するときには「自責」を念頭におかないと炎上するっていうのは人間社会の常のようです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

寝るときにもメガネをかけてたシューベルト。18世紀末から19世紀前半を31年という短い生涯で駆け抜けた「歌曲の王」。けして裕福ではなかった家庭から時代を代表する音楽家が誕生した背景に触れています。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

神童として名を馳せているモーツァルト。しかし彼の自己認知は必ずしもそうではなく「練習したら誰でもできるよ、こんなん」といった感じ。そんな厭味ったらしいモーツァルトでも作曲には苦労したようです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

偉大な音楽家として名を残しているベートーヴェンですが、プライドや意地の強さも超一級。同時代人が残した数々の証言(いちぶ誇張もある?)から読み取るベートーヴェンの人となりをご紹介。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

小学生でも知っている抜群の知名度を誇るにも関わらず、ここまでラジレキでの登場がなかったベートーヴェン。フランス革命と同時期を過ごした人物のエピソードをご紹介。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

中国史では憤死が良く出てきます。そのためか小説の三国志演義では、諸葛孔明の必殺技のように使われている。なぜ、中国史で憤死が良く出てくるのかも含めて語ります。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

「憤死」した日本史・世界史の人々を取り上げます。日本史では、憤死は、崇徳上皇・早良親王・菅原道真といった怨霊となった方々とリンクします。世界史ではカノッサの屈辱を与えた側のグレゴリウス7世が逆襲にあってるんですよね。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

刑死した近藤、戦死した土方、病死した沖田の三者三様の死に様が、コンテンツとしての新選組に与えた影響を語ります。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

幕末の大人気コンテンツである「新選組」。しかし、このラジレキでの登場頻度は少ない気が。その背景にりーとんが持っていた苦手意識があったのです。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

ヨーロッパの国際秩序を再編しようと精力的な動きを見せているナポレオン。そのナポレオンと対峙したプロイセン王妃ルイーゼのお話。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

10世紀から11世紀にかけての中国は宋王朝の時代。軍事的には弱体だったこの宋は、北方の遼に勝つことができませんでした。和平条約がもたらした意外な効用とは何だったのでしょう。ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

まずはいつもどおり2025年の大予言を振り返り、その結果を採点。続いて2026年の大予言をします。今年は珍しくリートンが断言した。根拠ないくせに(笑)ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

2025年「ラジレキ」 のベストエピソードを発表!そっしーが選ぶ「思わずシェアしたくなるde賞」 3作品に加え、3つの作品を紹介。2025年の1年間、ラジレキをご視聴ありがとうございました!ベストエピソードとして紹介したエピソードhttps://open.spotify.com/playlist/1cWodS1KCKjaNRhBG0dIim?si=NPRrfD7hRiizlkCZYXtxMQ&pi=GRH_wkJkQP-49ご質問・応援コメントはこちらから:https://forms.gle/GuC45eyq4vKTA6Ux8

ついにラジレキのエピソード数が1000を突破!四桁に突入しました~。リスナーの皆さんのお蔭です。ありがとうございます!前回と今回はそっしーが選んだラジレキの厳選エピソードをご紹介します。

ついにラジレキのエピソード数が1000!四桁に突入しました~。リスナーの皆さんのお蔭です。ありがとうございます!今回と次回はそっしーが選んだラジレキベストエピソードをご紹介します。

1590年に念願の天下統一を果たした秀吉。しかし、1591年に豊臣秀長が死んでしまいました。もし、秀長が秀吉よりも長生きしていたら豊臣政権は長続きしたのでしょうか?