海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%だけ!海外進出を果たしたビジネスオーナーや経営者、世界で活躍するプロフェッショナル、日本の未来を背負うグローバル基準の日本人たちの情熱に迫ります! アメリカ・ロサンゼルスのマーケティング支援・ビジネスコンサルティング会社、ゼロハチロック/ Zero-Hachi Rock, Inc. 代表:Mitsu Itakuraによる海外在住日本人インタビュー
Redondo Beach, California, USA

やりたいことがたくさんある!やるべきこともたくさんある!時間は有限、さあどっち!?夏休みの宿題は最後の日に片付ける&美味しいものから先に食べちゃうタイプなんだよなー。あ、金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」105人目のインタビュー、最初のエピソード。北海道北広島市出身。街の電気屋さんの次男として育つ。思春期には、Blankey Jet CityやNirvanaに心を撃ち抜かれグランジの聖地・シアトルへの憧れを抱く。20歳直前、バイクでの生死をさまよう程の大事故や身近な人たちの死に直面する経験から「いつ死ぬか分からないからこそ、全力で生きなきゃ」という気持ちが芽生える。26歳で電気工事士として起業、30歳で念願のシアトル留学を果たすも、母の看病のため帰国を選択。その後もアメリカに住む夢を諦めきれず、ビザ取得のために未経験の飲食業へ飛び込みタダ働きからの修行を経て36歳で再び渡米を果たす。2012年、シアトルで開店した「Yoroshiku」を皮切りに、Secret Fort, CurryLab Sapporo, Indigo Cowなど、故郷の北海道にこだわった飲食店舗を複数展開する実業家へ。激務により体調を崩した経験から「しっかり働き、しっかり遊ぶ」をモットーに、スタッフの人生も大切にする温かな組織づくりを実践。現在はIndigo Cowのフランチャイズ全米100店舗展開という新たな挑戦に挑む傍ら、愛車のビンテージハーレーでチョッパーを製作中。「とりあえずやってみよう」の精神で、改めて攻めに転じた今後の人生もアクセル全開で駆け抜けるはず。そんな小林さんの、清々しく真っ直ぐな情熱ものがたり。 「北海道」って良い!雄大さと美味しい食材はもちろん、いろんな意味で素敵な魅力が溢れる場所、そこで育った人たちも魅力的な人が多いのはなんか納得。まずは小林さんの活動内容を伺ってます。 それでは、お楽しみください! ▼Show Notes : Vol.417 ・シアトルを拠点に飲食店経営(計6店舗) ・Yoroshiku(ラーメン) ・Secret Fort(焼き鳥) ・CurryLab Sapporo(スープカレー) ・Indigo Cow(北海道ミルクソフトクリーム) ・1年半ほど前からオペレーションから外れてる ・Indigo Cowのフランチャイズ化を進めてる ・週に3、4日はお店に行って雑務をする ・州ごとにフランチャイズライセンス取得 ・ワシントン、カリフォルニア、ハワイ、ニューヨーク ・初めてのことだらけで手探り ・弁護士を探すだけでも苦戦した ・マニュアル作りもゼロからの挑戦 ・チャレンジングな意味で面白い ・人に依存しないビジネスでフランチャイズ化 ・アメリカ人にとっての”HOKKAIDO”の強さ ・2014年ごろからHokkaido Scallopが流行り出した ・ROYCE、ROKKATEI、山頭火なども北海道発 ・2018年ごろ働きすぎてパニック障害に ・体調を崩してから休みをしっかり取るように ・経営者は24時間仕事のことを考えてしまいがち ・家で仕事をしない、緊急以外の電話は取らない ・オフは基本的に家族と過ごす ・催事の時は週末も仕事 ・年に一度日本に帰る時が一番リラックスできる ・アメリカに来てから趣味に時間取れなかった ・最近はバイクやロードバイクを楽しんでる ・Indigo Cowをアメリカで通用するブランドにする ・名前の由来:北海道の青空の下育った牛 ・特徴的なロゴマークは北海道のデザイナーさんに ・全ての飲食経営者さんを尊敬している ・全米100店舗を目指す ・最近ちょっと守りに入ってた自分に気づいた ・周りに勧められて燃えてきた ・好きなYoutube Channel :しげ旅、ガジェット、ビジネス、ゲーム、バイクなど ・仕事のトレンドチェックはInstagram ・一緒にYoroshikuを立ち上げた本間さんの死 ・いつ死ぬか分からないから好きなことやろうと ・ビンテージハーレーでチョッパー製作中 収録場所:ロサンゼルス⇄シアトル @ZOOM & Cleanfeed リアルアメリカ情報 / アメスポ / 世界の駐妻 (50:30〜)・大谷翔平がアトランタに来た! *1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。(アメリカ時間で毎週金曜) ▼Interviewee Profile 小林圭輔 / Keisuke Kobayashi K Corporation 代表 Yoroshiku, Secret Fort/a>, CurryLab Sapporo, Indigo Cow 北海道出身。2006年に留学で渡米し、シアトルを拠点に飲食事業を展開。2012年に日本食レストラン「Yoroshiku」を開業し、その後「Indigo Cow」「Secret Fort」「Curry Lab Sapporo」など複数の飲食ブランドを立ち上げる。2021年には北海道産牛乳を使用したソフトクリームブランド「Indigo Cow」をシアトルで創業。現在はシアトル、ロサンゼルスを中心に複数店舗を運営するほか、全米でのフランチャイズ展開を推進している。店舗運営に加え、商品開発、店舗開発、仕入れ・物流、ブランド構築まで幅広く手掛け、日本の食文化や食材の魅力をアメリカ市場に伝えることを軸に事業を展開している。 投稿 Vol.417|北海道からシアトルへ、そして全米100店舗を目指す新たな挑戦|小林圭輔(K Corporation 代表)(1/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

お仕事として日本からのお客様のツアーコーディネーションを5日間付きっきりで担当。結構疲れたけど高級不動産物件もたくさん見れたし素敵なホテルに泊まれてよかったなぁと振り返る金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」104人目のインタビュー、最終エピソード。 愛知県海部郡出身。本屋で夢中になって寝過ごし騒ぎになるほどの読書好き。図書カードを毎日埋めていた少女時代は神童と呼ばれることもあったそう。高校時代のアメリカ留学でホストファーザーの発作に居合わせた経験から医療の道を志し、薬学部を経て大学院で薬学博士号を取得。大学教員として生薬や漢方の研究・教育に携わるエリート街道を歩む。その後、恩師の誘いで訪れた台湾で「中医師」という存在に出会い、それが転機となる。「漢方を教えていながら実践や臨床経験がない」というジレンマを抱え、周囲の反対を押し切って大学教員のポストを辞職。単身台湾へ渡り、ゼロから中医学を学び直す道へ。5年で台湾の中医師国家資格を取得。現在は台北や基隆のクリニックで、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添い、妊活や体質改善のサポートに奔走する日々。仕事哲学は「柔軟性・学びを止めない」。語り口と生き方にしなやかな強さを持ち、探究心と好奇心を原動力に前進し続けるかっこいい女性。そんな文乃さんの知的で芯のある情熱ものがたり。 4回のエピソードをとして、単純なストイックさとはまた違った感じで一本筋の通った生き方をされていらっしゃる、とても魅力的なかっこいい女性だなと感じました。またいつか近いうちに台湾行きたい! それでは、お楽しみください! ▼Show Notes : Vol.416 ・幸せ:毎日平穏に生き延びること ・美味しいものを食べて健康な体で ・綺麗なものを見て温泉でのんびりして温かい布団で眠る ・中国語勉強してた時は日記書いたり ・国家試験の勉強の時は願掛けとしてコーヒーを我慢したり ・台湾は外食が便利 ・カジュアルな居酒屋はあまりない ・オンラインセミナーや講演をやっていきたい ・日本と台湾、両方を拠点にしたい ・自分が得た漢方などの知識を共有したい(教える) ・講座や大学の教授としてのポジション ・インスタグラムアカウントのフォロワー増やす ・専門家を目指す人に教えたい ・比較的メンタルは安定してる ・永住権:5年に一度台湾に入れば維持できる ・「なんとかなるよ」 ・就職氷河期世代 ・運が良いのかなんとかなってきてる ・望んだ未来を生きてる今 ・人間の体を知りたい ・自分のことを知らないのは怖い ・海外に出たことで視野が広がった ・旅行と生活することは全然違う ・良いも悪いも多角的な目が養われる ・思い出の曲①:「嵐ヶ丘」鬼束ちひろ ・研究室でずっと聴いてた思い出 ・思い出の曲②:能の演目の中の「三番叟(さんばそう)」 ・五穀豊穣、天下泰平、邪気を祓う ・おすすめの本:「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ ・空想世界と現実世界の境目 ・本は自分でスピードを調整できる ・おすすめの映画:「愛がきこえる / MuMu」監督:沙漠(シャー・モー) ・外国に暮らすリスク ・麻辣臭豆腐(辛味があって臭い豆腐) 収録場所:ロサンゼルス⇄台湾 @ZOOM & Cleanfeed リアルアメリカ情報 / アメスポ / 世界の駐妻 (1:19:05〜) ・ブラジル駐在さん向けおすすめ観光スポットBest 3 *1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。 (アメリカ時間で毎週金曜) ▼Interviewee Profile 小泉文乃 / Ayano Koizumi 中医師 Instagram@tcmd_phd_k 愛知県出身。日本で薬学部を卒業後、大学院で博士(薬学)を取得。大学教員として研究・教育に携わる中、共同研究のため台湾へ赴任し、そこで中医師という職業に出会う。この経験を機に大学を退職し、台湾の大学で中医学を学び直して中医師資格を取得。現在は台北市と基隆市のクリニックで診療を行い、妊活や体重管理を中心に、婦人科疾患、皮膚疾患、急性疾患、慢性疾患など幅広い症例に対応している。また、台北には多くの日本人が暮らしていることから、日本語で診療を受けられる中医師として、日本人患者の診療にも力を入れている。薬学研究者としての経験を生かし、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添った医療を提供をしている。 投稿 Vol.416|「なんとかなるよ」気づけば望んだ未来を生きている|中医師・小泉文乃(4/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

待ち合わせの時間を間違えた相手を待ってる時間にこれ書いてますが、待ってる側より待たせる側の方が心苦しいものなんだよなぁなんて思ったりする金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、104人目のインタビュー。愛知県海部郡出身。本屋で夢中になって寝過ごし騒ぎになるほどの読書好き。図書カードを毎日埋めていた少女時代は神童と呼ばれることもあったそう。高校時代のアメリカ留学でホストファーザーの発作に居合わせた経験から医療の道を志し、薬学部を経て大学院で薬学博士号を取得。大学教員として生薬や漢方の研究・教育に携わるエリート街道を歩む。その後、恩師の誘いで訪れた台湾で「中医師」という存在に出会い、それが転機となる。「漢方を教えていながら実践や臨床経験がない」というジレンマを抱え、周囲の反対を押し切って大学教員のポストを辞職。単身台湾へ渡り、ゼロから中医学を学び直す道へ。5年で台湾の中医師国家資格を取得。現在は台北や基隆のクリニックで、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添い、妊活や体質改善のサポートに奔走する日々。仕事哲学は「柔軟性・学びを止めない」。語り口と生き方にしなやかな強さを持ち、探究心と好奇心を原動力に前進し続けるかっこいい女性。そんな文乃さんの知的で芯のある情熱ものがたり。 止まらない学びへの欲求と好奇心がドライブしていく人生。なんだか宇宙の神秘のように人間の体や心も奥深いものなんだなぁと思うと同時に、医者とは尊いお仕事だと改めて感心いたしました。 それでは、お楽しみください! ▼Show Notes : Vol.415 ・患者さんの前向きな報告が嬉しい ・妊娠しました!産まれました!など ・来た時辛そうな方が帰りに笑顔になる ・妊活に対しての良い結果は皆を幸せにする ・「貢献」 ・医者の仕事とビジネス ・満足した患者さんは戻ってくる ・仕事哲学:柔軟性・学びを止めない ・仕事と趣味が紙一重 ・やりたいことを追求したら仕事になってた ・好奇心、学ぶことが好き ・学んだことが実践できるのが楽しい ・患者さんから学ぶこともある ・台湾の患者さんは比較的自己主張が強い ・300種類の漢方や生薬を配合する ・モチベーション:両親を安心させたい ・将来に対しての不安やプレッシャー ・幅広い知識が必要でありアップデートも必要 ・源点:大学院時代の研究生活 ・学会のホストや運営に携わった経験 ・なんでも出来ると自信がついた ・教員をやめて台湾に来たこと ・それを最良の決断にしていく ・割と好きに診療させてもらえる環境 ・鍼:血管を刺激して血行を良く、自然回復力を促す ・内臓に刺して治す方法もある 収録場所:ロサンゼルス⇄台湾 @ZOOM & Cleanfeed リアルアメリカ情報 / アメスポ / 世界の駐妻 (50:12〜)・カーブサイドTo Go とは? *1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。(アメリカ時間で毎週金曜) ▼Interviewee Profile 小泉文乃 / Ayano Koizumi 中医師 Instagram@tcmd_phd_k 愛知県出身。日本で薬学部を卒業後、大学院で博士(薬学)を取得。大学教員として研究・教育に携わる中、共同研究のため台湾へ赴任し、そこで中医師という職業に出会う。この経験を機に大学を退職し、台湾の大学で中医学を学び直して中医師資格を取得。現在は台北市と基隆市のクリニックで診療を行い、妊活や体重管理を中心に、婦人科疾患、皮膚疾患、急性疾患、慢性疾患など幅広い症例に対応している。また、台北には多くの日本人が暮らしていることから、日本語で診療を受けられる中医師として、日本人患者の診療にも力を入れている。薬学研究者としての経験を生かし、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添った医療を提供をしている。 投稿 Vol.415|選んだ道を「最良の決断」にしていく、学び続ける人生|中医師・小泉文乃(3/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

世界のあちこちで起こってる自然災害や戦争や暗いニュースばかりが目につくかもしれないけど、その裏側で一人一人が希望を持って努力してる姿がきっとある。「そこにスポットライトを!」と思う金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、104人目のインタビュー。愛知県海部郡出身。本屋で夢中になって寝過ごし騒ぎになるほどの読書好き。図書カードを毎日埋めていた少女時代は神童と呼ばれることもあったそう。高校時代のアメリカ留学でホストファーザーの発作に居合わせた経験から医療の道を志し、薬学部を経て大学院で薬学博士号を取得。大学教員として生薬や漢方の研究・教育に携わるエリート街道を歩む。その後、恩師の誘いで訪れた台湾で「中医師」という存在に出会い、それが転機となる。「漢方を教えていながら実践や臨床経験がない」というジレンマを抱え、周囲の反対を押し切って大学教員のポストを辞職。単身台湾へ渡り、ゼロから中医学を学び直す道へ。5年で台湾の中医師国家資格を取得。現在は台北や基隆のクリニックで、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添い、妊活や体質改善のサポートに奔走する日々。仕事哲学は「柔軟性・学びを止めない」。語り口と生き方にしなやかな強さを持ち、探究心と好奇心を原動力に前進し続けるかっこいい女性。そんな文乃さんの知的で芯のある情熱ものがたり。 生粋の読書好き、そして「神童」と呼ばれるほどに勉強ができたのってやっぱり物事を深く知りたいという欲=好奇心が子供の頃からあったんですね。好奇心ってやっぱ何よりも大事!って改めて思ったエピソードでした。 それでは、お楽しみください! ▼Show Notes : Vol.414 ・愛知県海部郡出身 ・読書が好きな子供だった ・小さい頃、本屋で寝過ごして騒ぎになった話 ・図書カードを毎日埋める ・昔話や童話が多かった ・医者か弁護士が夢だった ・小説家や文章を使う仕事も考えた ・中学生の頃小説を書いたりして遊んだ ・弟が一人、従兄弟も男子が多かった ・そういう意味で活発でもあった ・地元の神童のような存在だった ・高校、大学と名古屋市内で通った ・薬学部を卒業後、大学院で博士を取得 ・卒業研究に力を入れるタイプの学校 ・生薬学(漢方薬の材料になるものの学問) ・漢方薬の薬理解析 ・抗がん作用、アトピー性皮膚炎 ・動脈硬化に効果がある漢方薬の研究 ・どんなメカニズムかを解析する ・学生なりに意外とプレッシャーもある ・マウスで実験、効果があると証明出来た ・研究員として2年、その後教授となる ・恩師からの突然の誘いで台湾へ ・その時、中国語はゼロだった ・3年過ごしてから日本へ ・大学教授を辞め、中医師の勉強のため単独台湾へ ・ほぼほぼ周りのみんなには反対された ・漢方薬の授業をしてたが実践をしたことがなかった ・実際の診察経験もなく熱心な生徒に応えられないジレンマ ・自分を磨くためにリスクを取った ・高校生の頃ジョージア州に1年間ホームステイ留学 ・ホストファーザーが発作を起こしたエピソード ・怖い経験をして医者になりたいと思った ・5年間で台湾の中医師国家資格取得 ・ホームシックなどはとくになかった ・片道切符で飛ぶ時にふと不安にはなった ・日本語も英語も通じない環境だった ・最初は日本に帰るつもりだった ・臨床経験を積んでるうちにコロナ禍に ・台湾に残ることに、5年経って永住権を得た ・外国人はクリニック開業ができない 収録場所:ロサンゼルス⇄台湾 @ZOOM & Cleanfeed リアルアメリカ情報 / アメスポ / 世界の駐妻 (1:02:15〜)・カレッジフットボール(大学アメフト)のお話 *1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。(アメリカ時間で毎週金曜) ▼Interviewee Profile 小泉文乃 / Ayano Koizumi 中医師 Instagram@tcmd_phd_k 愛知県出身。日本で薬学部を卒業後、大学院で博士(薬学)を取得。大学教員として研究・教育に携わる中、共同研究のため台湾へ赴任し、そこで中医師という職業に出会う。この経験を機に大学を退職し、台湾の大学で中医学を学び直して中医師資格を取得。現在は台北市と基隆市のクリニックで診療を行い、妊活や体重管理を中心に、婦人科疾患、皮膚疾患、急性疾患、慢性疾患など幅広い症例に対応している。また、台北には多くの日本人が暮らしていることから、日本語で診療を受けられる中医師として、日本人患者の診療にも力を入れている。薬学研究者としての経験を生かし、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添った医療を提供をしている。 投稿 Vol.414|大学教員のポストを捨て、ゼロから台湾で学び直した理由|中医師・小泉文乃(2/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

日本ほど祝日が多くないアメリカの貴重な3連休(レイバーデー)ですが、のんびり波乗りと新しい企画の準備を進める時間にするぞ!と意気込んでみてる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」104人目のインタビュー、最初のエピソード。愛知県海部郡出身。本屋で夢中になって寝過ごし騒ぎになるほどの読書好き。図書カードを毎日埋めていた少女時代は神童と呼ばれることもあったそう。高校時代のアメリカ留学でホストファーザーの発作に居合わせた経験から医療の道を志し、薬学部を経て大学院で薬学博士号を取得。大学教員として生薬や漢方の研究・教育に携わるエリート街道を歩む。その後、恩師の誘いで訪れた台湾で「中医師」という存在に出会い、それが転機となる。「漢方を教えていながら実践や臨床経験がない」というジレンマを抱え、周囲の反対を押し切って大学教員のポストを辞職。単身台湾へ渡り、ゼロから中医学を学び直す道へ。5年で台湾の中医師国家資格を取得。現在は台北や基隆のクリニックで、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添い、妊活や体質改善のサポートに奔走する日々。仕事哲学は「柔軟性・学びを止めない」。語り口と生き方にしなやかな強さを持ち、探究心と好奇心を原動力に前進し続けるかっこいい女性。そんな文乃さんの知的で芯のある情熱ものがたり。 まずは中医師のこと、そして台湾での生活や活動内容を伺ってます。湿度が高く年中夏っぽいとのことで夜に活動することが多いという話、妙に納得です。そして「お能」の話ももっと聞きたくなりました。 それでは、お楽しみください! ▼Show Notes : Vol.413 ・中医師とは・漢方や鍼灸など用いた医療を施す医師・台湾の国家資格・大方は西洋医と変わらない・博士(薬学)、薬剤師(日本)、元大学教員・研究員(日本、台湾)・インスタグラムで発信・二箇所のクリニックで診療・妊活、ダイエット、体重管理・ホルモンバランスを整える・多嚢胞性卵巣症候群・妊娠中のリスクを抑えるための体重管理・毎日仕事して帰って寝るw・夜割と遅くまで診療してる・水曜が丸一日の休日・湿度が高く年中夏っぽい・夜に活動する人が多い・日本にいた頃はよく本を読んだ・お能(のう)を見るのが好き・研究をしてる時に好きになった・同じ演目でも表現が違い奥が深い・シンプルな小道具と体の表現・歌舞伎とも似た世界・休日は家事して休む・情報収集はインスタグラムが多い・国際中医師は国家資格ではない・台湾移住して17年強(Totalで) 収録場所:ロサンゼルス⇄台湾 @ZOOM & Cleanfeed リアルアメリカ情報 / アメスポ / 世界の駐妻 (44:50〜)・レイバーデー(Labor Day)とは? *1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。(アメリカ時間で毎週金曜) ▼Interviewee Profile 小泉文乃 / Ayano Koizumi中医師Instagram@tcmd_phd_k 愛知県出身。日本で薬学部を卒業後、大学院で博士(薬学)を取得。大学教員として研究・教育に携わる中、共同研究のため台湾へ赴任し、そこで中医師という職業に出会う。この経験を機に大学を退職し、台湾の大学で中医学を学び直して中医師資格を取得。現在は台北市と基隆市のクリニックで診療を行い、妊活や体重管理を中心に、婦人科疾患、皮膚疾患、急性疾患、慢性疾患など幅広い症例に対応している。また、台北には多くの日本人が暮らしていることから、日本語で診療を受けられる中医師として、日本人患者の診療にも力を入れている。薬学研究者としての経験を生かし、西洋医学と中医学の両面から患者一人ひとりに寄り添った医療を提供をしている。 投稿 Vol.413|薬学博士、大学教員、そして今「中医師」として台湾で働く生活|中医師・小泉文乃(1/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

どえれーあちーがや!(三河弁)標準語で言うと、とても暑いですね。局所的に見ると世界がぶっ壊れてるじゃん、と思いがちだけどきっと昔から地球は地球のリズムがあるんだとも思ったりする金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」103人目のインタビュー、最終エピソード。 横浜生まれ東京都調布市育ち。サッカーに明け暮れ、尾崎豊の歌から「自分のやりたいことを貫く」姿勢を深く胸に刻んだ青春時代。大学中退後に渡米、カリフォルニア州立大学ハンボルト校演劇科で映画制作や演劇を学び、表現力と物怖じしない度胸を養う。ロサンゼルスでフリーペーパーの立ち上げやNPO組織でのイベント運営に携わった後、シンガポールの日系広告代理店で9年間の経験を積む。2019年、「今まさに発展するライジングな国」と直感したフィリピン・マニラで独立起業「Visum」を設立。日系企業のフィリピン進出支援や訪日旅行者の送客、数万人規模を動員する日本文化イベント「MATSURI」のプロデュースなど、日本のコンテンツ普及にも奔走し走り続けている。「嘘をつかず誠実に」という強い信念と、大切な家族の支えを胸に、誰かのため人の役に立つ実感を噛み締めるため働く日々。はてしない夢を追い続ける姿に、勇気と元気をもらえます。いつか自分の映画を撮る夢や新たな挑戦も見据え、「自分の好きや楽しいに正直に生きてほしい」と語る厳紀さんの、まっすぐで温かい情熱ものがたり。 あー、映画好きなんだなぁって、改めて4回にわたってのエピソードを聞いて思いました。自分の好きなことだけして生きてくなんてきっと無理なんだけど、なるべく好きなことしてたいなって素直に思いました。Life is Beautiful! 投稿 Vol.412|好きなことを大切に、人生の選択肢を排除しない生き方|Visum・井谷厳紀(4/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

「1%の情熱ものがたり」103人目のインタビュー、最初のエピソード。 横浜生まれ東京都調布市育ち。サッカーに明け暮れ、尾崎豊の歌から「自分のやりたいことを貫く」姿勢を深く胸に刻んだ青春時代。大学中退後に渡米、カリフォルニア州立大学ハンボルト校演劇科で映画制作や演劇を学び、表現力と物怖じしない度胸を養う。ロサンゼルスでフリーペーパーの立ち上げやNPO組織でのイベント運営に携わった後、シンガポールの日系広告代理店で9年間の経験を積む。2019年、「今まさに発展するライジングな国」と直感したフィリピン・マニラで独立起業「Visum」を設立。日系企業のフィリピン進出支援や訪日旅行者の送客、数万人規模を動員する日本文化イベント「MATSURI」のプロデュースなど、日本のコンテンツ普及にも奔走し走り続けている。「嘘をつかず誠実に」という強い信念と、大切な家族の支えを胸に、誰かのため人の役に立つ実感を噛み締めるため働く日々。はてしない夢を追い続ける姿に、勇気と元気をもらえます。いつか自分の映画を撮る夢や新たな挑戦も見据え、「自分の好きや楽しいに正直に生きてほしい」と語る厳紀さんの、まっすぐで温かい情熱ものがたり。 人生においての大きな決断って、後々振り返ってみれば後悔よりも良かったと思える方が多い気がする。変化すること、環境を変えることは、結果的に良い方に繋がっていくはずなのだ。 投稿 Vol.411|正解なんて分からない。シンガポールを離れフィリピンで起業|Visum・井谷厳紀(3/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

「1%の情熱ものがたり」103人目のインタビュー、最初のエピソード。 横浜生まれ東京都調布市育ち。サッカーに明け暮れ、尾崎豊の歌から「自分のやりたいことを貫く」姿勢を深く胸に刻んだ青春時代。大学中退後に渡米、カリフォルニア州立大学ハンボルト校演劇科で映画制作や演劇を学び、表現力と物怖じしない度胸を養う。ロサンゼルスでフリーペーパーの立ち上げやNPO組織でのイベント運営に携わった後、シンガポールの日系広告代理店で9年間の経験を積む。2019年、「今まさに発展するライジングな国」と直感したフィリピン・マニラで独立起業「Visum」を設立。日系企業のフィリピン進出支援や訪日旅行者の送客、数万人規模を動員する日本文化イベント「MATSURI」のプロデュースなど、日本のコンテンツ普及にも奔走し走り続けている。「嘘をつかず誠実に」という強い信念と、大切な家族の支えを胸に、誰かのため人の役に立つ実感を噛み締めるため働く日々。はてしない夢を追い続ける姿に、勇気と元気をもらえます。いつか自分の映画を撮る夢や新たな挑戦も見据え、「自分の好きや楽しいに正直に生きてほしい」と語る厳紀さんの、まっすぐで温かい情熱ものがたり。 健全なサッカー少年がヤンキー全盛期と言っていい時代に尾崎豊の歌に心を打たれ青春を突っ走っていく姿。なんだか懐かしくもありキラキラと輝いているようにも思います。自分の半生とも重なる部分が多くとても共感! 投稿 Vol.410|若さと勢いで渡ったアメリカ、人生の景色が変わり始めた|Visum・井谷厳紀(2/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

夏の風物詩、高校野球・甲子園大会が始まったようですね。「熱闘甲子園」を見ると99%の確率で泣いてしまう涙腺崩壊おじさんですが、高校球児だった頃を思い出す金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」103人目のインタビュー、最初のエピソード。 横浜生まれ東京都調布市育ち。サッカーに明け暮れ、尾崎豊の歌から「自分のやりたいことを貫く」姿勢を深く胸に刻んだ青春時代。大学中退後に渡米、カリフォルニア州立大学ハンボルト校演劇科で映画制作や演劇を学び、表現力と物怖じしない度胸を養う。ロサンゼルスでフリーペーパーの立ち上げやNPO組織でのイベント運営に携わった後、シンガポールの日系広告代理店で9年間の経験を積む。2019年、「今まさに発展するライジングな国」と直感したフィリピン・マニラで独立起業「Visum」を設立。日系企業のフィリピン進出支援や訪日旅行者の送客、数万人規模を動員する日本文化イベント「MATSURI」のプロデュースなど、日本のコンテンツ普及にも奔走し走り続けている。「嘘をつかず誠実に」という強い信念と、大切な家族の支えを胸に、誰かのため人の役に立つ実感を噛み締めるため働く日々。はてしない夢を追い続ける姿に、勇気と元気をもらえます。いつか自分の映画を撮る夢や新たな挑戦も見据え、「自分の好きや楽しいに正直に生きてほしい」と語る厳紀さんの、まっすぐで温かい情熱ものがたり。 まずはフォリピンのこと、そしてご自身の会社「Visum」に込めた想いや活動内容を伺ってます。日本と親和性が高い食文化や、その土地の風土の解像度が少し上がった気分です。いつか遊びに行きたい国の一つにになりました。 投稿 Vol.409|なぜフィリピンだったのか?ライジングな国に賭けた挑戦|Visum・井谷厳紀(1/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

あっという間に過ぎる一週間。なんだか最近新鮮な気分で仕事をしています。今年前半は出張、交通事故、バケーションなどでずーっとバタバタしてたので。落ち着いて集中できる環境に感謝だよほんと。あざす!金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」102人目のインタビュー、最終エピソード。 北海道札幌市出身。初孫として愛情をたっぷり注がれ、活発・おてんばに育った少女時代。動物が大好きで一時は獣医を夢見るも、受験のタイミングで母親から受けた「中国語を学んでみたら?」というアドバイスがきっかけとなり、後に台湾の大学への正規留学を決意。振り返ってみれば、それが彼女にとって人生の大きな転換期となりました。大学卒業後も台湾に残る道を選び、日系広告代理店での勤務経験を経て、現在は台湾プロ野球球団「楽天モンキーズ」の営業として活躍中。日・中・英のマルチリンガルとしての武器を活かし、大型スポンサー営業から通訳、さらにはスタジアムでのウグイス嬢まで多岐にわたるフィールドで存在感を放っている。野球の試合と重ねて「最後まで諦めない」という負けず嫌いで粘り強い仕事哲学を胸に、育休中で愛する家族との尊い時間を過ごしながらも常に未来を見据えている姿勢が素敵です。素直にに努力できる生き方。台湾の風を味方につけて走り続ける萌野さんの、たくましさと爽やかさを感じる情熱ものがたり。 今回は、台湾にて将来有望なベイビーちゃんとも一緒に行ったなかなか珍しい収録となりました!萌野さんの家族への想いや仕事、人生に対する素直さと堅実な努力の成果を感じることが出来たとっても素敵な時間でした。 投稿 Vol.408|家族・仕事・台湾で描くこれからの人生|楽天モンキーズ・寺本萌野(4/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

アメリカにいると日本のスイーツが無性に食べたくなる。日本のスイーツの質の高さときめ細かさ、季節の素材の楽しさは世界一だよねきっと。とは言え、アメリカの食のレベルも上がってきてるなぁとも感じる今日この頃な金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、102人目のインタビュー。 北海道札幌市出身。初孫として愛情をたっぷり注がれ、活発・おてんばに育った少女時代。動物が大好きで一時は獣医を夢見るも、受験のタイミングで母親から受けた「中国語を学んでみたら?」というアドバイスがきっかけとなり、後に台湾の大学への正規留学を決意。振り返ってみれば、それが彼女にとって人生の大きな転換期となりました。大学卒業後も台湾に残る道を選び、日系広告代理店での勤務経験を経て、現在は台湾プロ野球球団「楽天モンキーズ」の営業として活躍中。日・中・英のマルチリンガルとしての武器を活かし、大型スポンサー営業から通訳、さらにはスタジアムでのウグイス嬢まで多岐にわたるフィールドで存在感を放っている。野球の試合と重ねて「最後まで諦めない」という負けず嫌いで粘り強い仕事哲学を胸に、育休中で愛する家族との尊い時間を過ごしながらも常に未来を見据えている姿勢が素敵です。素直にに努力できる生き方。台湾の風を味方につけて走り続ける萌野さんの、たくましさと爽やかさを感じる情熱ものがたり。 小さい頃から海外旅行や留学で海外にも行っていたこと、おばがフランス在住で色々な話を聞いたこと、やっぱりそういう環境が何かしら人生に影響してくるんですよね。そして自ら選んだ道だからこそ、最後まで諦めずに頑張れる。素敵なお話! 投稿 Vol.407|最良の意思決定?「台湾に来たこと、残ると決めたこと」|楽天モンキーズ・寺本萌野(3/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

夏はいいよなぁ。朝から太陽浴びて気分が良い。知らない人と話をして、新しいことを教えてもらったり、ふと気づくことに共感したり、未来を想像したり。しかし腹減ったな。金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、102人目のインタビュー。 北海道札幌市出身。初孫として愛情をたっぷり注がれ、活発・おてんばに育った少女時代。動物が大好きで一時は獣医を夢見るも、受験のタイミングで母親から受けた「中国語を学んでみたら?」というアドバイスがきっかけとなり、後に台湾の大学への正規留学を決意。振り返ってみれば、それが彼女にとって人生の大きな転換期となりました。大学卒業後も台湾に残る道を選び、日系広告代理店での勤務経験を経て、現在は台湾プロ野球球団「楽天モンキーズ」の営業として活躍中。日・中・英のマルチリンガルとしての武器を活かし、大型スポンサー営業から通訳、さらにはスタジアムでのウグイス嬢まで多岐にわたるフィールドで存在感を放っている。野球の試合と重ねて「最後まで諦めない」という負けず嫌いで粘り強い仕事哲学を胸に、育休中で愛する家族との尊い時間を過ごしながらも常に未来を見据えている姿勢が素敵です。素直にに努力できる生き方。台湾の風を味方につけて走り続ける萌野さんの、たくましさと爽やかさを感じる情熱ものがたり。 「今は中国語が第二言語となった」という萌野さん、本当に流暢に自信を持って話されてる姿が頼もしいなと感じました。受験のタイミングでのお母さんからのアドバイスが、こんな未来を連れてくるとは!やっぱり人生って面白いなぁ。 投稿 Vol.406|母の一言が人生を変えた。北海道から台湾へ、中国語がつないだキャリア|楽天モンキーズ・寺本萌野(2/4) は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

夏だ!ワールドカップも盛り上がってきておりますが、太陽の下で海に入るのがこの上なく気持ちいい季節なんですよねー。今週末も波乗りが楽しみな金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」102人目のインタビュー、最初のエピソード。 北海道札幌市出身。初孫として愛情をたっぷり注がれ、活発・おてんばに育った少女時代。動物が大好きで一時は獣医を夢見るも、受験のタイミングで母親から受けた「中国語を学んでみたら?」というアドバイスがきっかけとなり、後に台湾の大学への正規留学を決意。振り返ってみれば、それが彼女にとって人生の大きな転換期となりました。大学卒業後も台湾に残る道を選び、日系広告代理店での勤務経験を経て、現在は台湾プロ野球球団「楽天モンキーズ」の営業として活躍中。日・中・英のマルチリンガルとしての武器を活かし、大型スポンサー営業から通訳、さらにはスタジアムでのウグイス嬢まで多岐にわたるフィールドで存在感を放っている。野球の試合と重ねて「最後まで諦めない」という負けず嫌いで粘り強い仕事哲学を胸に、育休中で愛する家族との尊い時間を過ごしながらも常に未来を見据えている姿勢が素敵です。素直にに努力できる生き方。台湾の風を味方につけて走り続ける萌野さんの、たくましさと爽やかさを感じる情熱ものがたり。 初めての台湾滞在中でのインタビューとなりました。かわいい赤ちゃんと共に楽しい時間を過ごさせてもらいました。まずはお仕事内容や最近のマイブームなど、ざっくばらんに伺っております。 投稿 Vol.405 寺本萌野(楽天モンキーズ・営業)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

世界中のみなさん、サッカー・ワールドカップを楽しんでいることでしょう⚽️そんなこんなで今日はアメリカ独立記念日の振替祝日。街中にアメリカンフラッグ????????がはためく金曜の板倉です、こんにちは。 そして2026年後半、最初の配信は番外編です。この番組にアシスタントとして参加してくれる新しいメンバー、桐山晴さんをご紹介!ミツが用意した10個の質問でハルさんの人柄をお届けします。そして抜き打ちでの番組紹介(口上)収録の結果はどうなる!? 投稿 番外編 25: 新メンバーのハルさん紹介! は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

時差ボケも治っていつもの生活リズムが整ってきているここ数日。誰かとの会話や発信からも刺激をもらってエネルギーが満ちてくる感覚が増えてくるんだな。やっぱり元気が最重要事項。健康第一!金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」101人目のインタビュー、最終エピソード。 東京都生まれ。躾や教育に厳しい家庭で育ち、バイオリン教師だった母親のもと毎日3〜4時間の練習を重ねた幼少期。中学・高校は駒場東邦、大学は慶應義塾大学へと進むエリートコースの裏で、山岳部での過酷な活動に没頭。富士山登山ガイドを80回以上務め貯めた資金でのバックパッカー旅など、自らの世界を広げていく胆力の持ち主。卒業後は海外へ出ることを決意しカナダからアメリカへ。日系銀行での勤務やMBA取得を経て、あるアメリカ人女性の居合道指導者との出会いを機に日本文化を軸とした事業へつながっていく。2011年、ニューヨークにて「RESOBOX」を創業。それまでのエリートとしてのプライドを一度へし折られ、ゼロからのスタートを余儀なくされるも「とにかく動き続ける」ことで自らの道を切り拓いてくスタンスは変わらない。現在は日本文化の体験クラスの提供、日本企業のアメリカ進出支援など、多岐にわたる事業を展開。感情ではなく「好奇心」をエンジンに、「自分の性に合う環境を見つけてほしい」と自らの経験をもって語る、そんな池澤さんの知的で熱い情熱ものがたり。 いやー、本当に奥行きのある興味深い内容のインタビューとなり感謝です!「かっこいい生き様」だと素直に思いました。そしてやっぱり生き方は十人十色であり、好きにやればいいんだって背中を押してもらえた人も多いのでは?がんばろー、僕ら。 投稿 Vol.404 池澤崇(President, RESOBOX)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

20年以上前に読んで影響された「サーファー・真木蔵人」という本、また読みたいと思って日本で買ってきました。サクッと1日で読み返して、やっぱりもっとサーフィン上手くなりたい!って真剣に思う金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、101人目のインタビュー。 東京都生まれ。躾や教育に厳しい家庭で育ち、バイオリン教師だった母親のもと毎日3〜4時間の練習を重ねた幼少期。中学・高校は駒場東邦、大学は慶應義塾大学へと進むエリートコースの裏で、山岳部での過酷な活動に没頭。富士山登山ガイドを80回以上務め貯めた資金でのバックパッカー旅など、自らの世界を広げていく胆力の持ち主。卒業後は海外へ出ることを決意しカナダからアメリカへ。日系銀行での勤務やMBA取得を経て、あるアメリカ人女性の居合道指導者との出会いを機に日本文化を軸とした事業へつながっていく。2011年、ニューヨークにて「RESOBOX」を創業。それまでのエリートとしてのプライドを一度へし折られ、ゼロからのスタートを余儀なくされるも「とにかく動き続ける」ことで自らの道を切り拓いてくスタンスは変わらない。現在は日本文化の体験クラスの提供、日本企業のアメリカ進出支援など、多岐にわたる事業を展開。感情ではなく「好奇心」をエンジンに、「自分の性に合う環境を見つけてほしい」と自らの経験をもって語る、そんな池澤さんの知的で熱い情熱ものがたり。 仕事に対する姿勢、両親から施された教育への感謝、エリート思考とプライド、「失敗」に対する考え方、そしてアメリカに来て感じる自由さという話。深掘りすればするほど素敵なエピソードでした。 投稿 Vol.403 池澤崇(President, RESOBOX)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

バケーションから戻った翌日にこれを書いてます。バリ島、日本、台湾と旅をしてサーフィンも楽しんで家族との時間もしっかり満喫しましたが、実は最後の数日間「早く仕事がしたい」と思ってた金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、101人目のインタビュー。 東京都生まれ。躾や教育に厳しい家庭で育ち、バイオリン教師だった母親のもと毎日3〜4時間の練習を重ねた幼少期。中学・高校は駒場東邦、大学は慶應義塾大学へと進むエリートコースの裏で、山岳部での過酷な活動に没頭。富士山登山ガイドを80回以上務め貯めた資金でのバックパッカー旅など、自らの世界を広げていく胆力の持ち主。卒業後は海外へ出ることを決意しカナダからアメリカへ。日系銀行での勤務やMBA取得を経て、あるアメリカ人女性の居合道指導者との出会いを機に日本文化を軸とした事業へつながっていく。2011年、ニューヨークにて「RESOBOX」を創業。それまでのエリートとしてのプライドを一度へし折られ、ゼロからのスタートを余儀なくされるも「とにかく動き続ける」ことで自らの道を切り拓いてくスタンスは変わらない。現在は日本文化の体験クラスの提供、日本企業のアメリカ進出支援など、多岐にわたる事業を展開。感情ではなく「好奇心」をエンジンに、「自分の性に合う環境を見つけてほしい」と自らの経験をもって語る、そんな池澤さんの知的で熱い情熱ものがたり。 いやー、子供の頃の教育って本当にその後の人生に影響するんだなぁって改めて感じたエピソード。教養と体力、そして世界を知る好奇心。ひとそれぞれバランスを取ってそれらを身につけ糧に生きていくんですよね。人間って面白い! 投稿 Vol.402 池澤崇(President, RESOBOX)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

子供の頃、スイミングスクールに行った帰りにロッテリアに行くの楽しみだったなぁ、夏はガリガリ君もよく食べたなぁなんて思い出しながら、予定では日本のどこかにいるはずの金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」101人目のインタビュー、最初のエピソード。 東京都生まれ。躾や教育に厳しい家庭で育ち、バイオリン教師だった母親のもと毎日3〜4時間の練習を重ねた幼少期。中学・高校は駒場東邦、大学は慶應義塾大学へと進むエリートコースの裏で、山岳部での過酷な活動に没頭。富士山登山ガイドを80回以上務め貯めた資金でのバックパッカー旅など、自らの世界を広げていく胆力の持ち主。卒業後は海外へ出ることを決意しカナダからアメリカへ。日系銀行での勤務やMBA取得を経て、あるアメリカ人女性の居合道指導者との出会いを機に日本文化を軸とした事業へつながっていく。2011年、ニューヨークにて「RESOBOX」を創業。それまでのエリートとしてのプライドを一度へし折られ、ゼロからのスタートを余儀なくされるも「とにかく動き続ける」ことで自らの道を切り拓いてくスタンスは変わらない。現在は日本文化の体験クラスの提供、日本企業のアメリカ進出支援など、多岐にわたる事業を展開。感情ではなく「好奇心」をエンジンに、「自分の性に合う環境を見つけてほしい」と自らの経験をもって語る、そんな池澤さんの知的で熱い情熱ものがたり。 まずは、RESOBOXさんの事業内容やお仕事を含む活動内容などを伺いました。「新しい日本の文化を創っていこう」ってなんだかとってもワクワクしませんか!? 投稿 Vol.401 池澤崇(President, RESOBOX)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

ということで自分的にはゼロハチロック10周年&1%の情熱ものがたり・インタビュー100人達成ということもありご褒美的にバケーション中です。超楽しみな金曜の板倉です、こんにちは。 これまだフライト前に書いてます。今日の夜、台湾経由でTotal19時間ほど飛行機なんだけど、腰痛くなりそうで怖いわぁ。でも現地は天気も波も良さそうなのでがっつりサーフィン楽しめるといいな。 投稿 番外編 24: バリ島サーフトリップ! は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

なんとこの配信で400回目!ずっと走りっぱなしでなんとかやってる感はありますが、なんとも清々しい気持ちでいっぱいです。聞いてくれてるあなたに心から感謝を伝えたいよ「ありがとう❤︎」。金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」記念すべき100人目のインタビュー、最終エピソード。 東京都世田谷区出身。活発で学級委員長も務めるタイプだった少女時代、当時の夢は「文房具屋さん」。そんな彼女が大学生時代にたまたま紹介されたアルバイトが女子大生アナウンサーとして原稿を読む仕事。その後、超難関を突破し、初の報道部配属の新人アナウンサーとしてニッポン放送へ入社。ニッポン放送、TOKYO FM、J-WAVEという日本のラジオ界を牽引するトップ局で活躍。報道の最前線での取材や朝の生放送番組まで、あらゆる現場を経験し磨き上げられた「声のプロフェッショナル」としての道を歩み始める。 2026年1月に自ら日本語インターネットラジオ『J-Breeze Radio』を開局。常に生の空気感を大切にする「現場第一主義」を貫き、自らの放送を必ず聞き直して内省するストイックな一面も。仕事に打ち込む姿を見た息子さんからの「お母さん、かっこいいね」という嬉しい一言を力に変え日々を奔走する。時に思い出す父親から贈られた「お前はできるから大丈夫だよ」という言葉は、今も彼女の挑戦を支える原点。声や言葉の力を信じて走り続ける、そんな里華さんの爽やかで力強い情熱ものがたり。 最終エピソードとなりましたが、4回を通して常に里華さんのプロフェッショナルな印象と安心感を感じました。番組ホストとして背筋がのび太、いや伸びた気がします!笑 ありがとうござました! 投稿 Vol.400 手島里華(J-Breeze Radio, Executive Producer)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

手帳に書いたTaskを完了して上からボールペンで消す作業が快感だったりするわけで。作業時間が思ったよりかかっても満足感があればまあいいかとも思うわけで。週末に良い波に乗れればAll OKなわけで。あ、金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、100人目のインタビュー。 東京都世田谷区出身。活発で学級委員長も務めるタイプだった少女時代、当時の夢は「文房具屋さん」。そんな彼女が大学生時代にたまたま紹介されたアルバイトが女子大生アナウンサーとして原稿を読む仕事。その後、超難関を突破し、初の報道部配属の新人アナウンサーとしてニッポン放送へ入社。ニッポン放送、TOKYO FM、J-WAVEという日本のラジオ界を牽引するトップ局で活躍。報道の最前線での取材や朝の生放送番組まで、あらゆる現場を経験し磨き上げられた「声のプロフェッショナル」としての道を歩み始める。 2026年1月に自ら日本語インターネットラジオ『J-Breeze Radio』を開局。常に生の空気感を大切にする「現場第一主義」を貫き、自らの放送を必ず聞き直して内省するストイックな一面も。仕事に打ち込む姿を見た息子さんからの「お母さん、かっこいいね」という嬉しい一言を力に変え日々を奔走する。時に思い出す父親から贈られた「お前はできるから大丈夫だよ」という言葉は、今も彼女の挑戦を支える原点。声や言葉の力を信じて走り続ける、そんな里華さんの爽やかで力強い情熱ものがたり。 息子さんへのお気持ちや、お父様との心温まるエピソード、そしてニッポン放送の重役面接の時のエピソードなど本当に楽しく面白いお話ばかり。「言葉」の持つ力を改めて感じ、強く意識したいと思った回でした。 投稿 Vol.399 手島里華(J-Breeze Radio, Executive Producer)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

出張中はなぜか眠い。疲れてるからなのか、普段と食べるものが違うからなのか、慣れてないベッドでぐっすり眠れてないからなのか、いやきっとそれ全部だわと、なんかすげー腑に落ちた金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、100人目のインタビュー。 東京都世田谷区出身。活発で学級委員長も務めるタイプだった少女時代、当時の夢は「文房具屋さん」。そんな彼女が大学生時代にたまたま紹介されたアルバイトが女子大生アナウンサーとして原稿を読む仕事。その後、超難関を突破し、初の報道部配属の新人アナウンサーとしてニッポン放送へ入社。ニッポン放送、TOKYO FM、J-WAVEという日本のラジオ界を牽引するトップ局で活躍。報道の最前線での取材や朝の生放送番組まで、あらゆる現場を経験し磨き上げられた「声のプロフェッショナル」としての道を歩み始める。 2026年1月に自ら日本語インターネットラジオ『J-Breeze Radio』を開局。常に生の空気感を大切にする「現場第一主義」を貫き、自らの放送を必ず聞き直して内省するストイックな一面も。仕事に打ち込む姿を見た息子さんからの「お母さん、かっこいいね」という嬉しい一言を力に変え日々を奔走する。時に思い出す父親から贈られた「お前はできるから大丈夫だよ」という言葉は、今も彼女の挑戦を支える原点。声や言葉の力を信じて走り続ける、そんな里華さんの爽やかで力強い情熱ものがたり。 もともと能力の高い方なんだとは思いますが、それを最大限活かせるような努力の仕方というか生き方をされてるように感じました。チャンスを掴んでいくって、きっとこういうことなんだなって感じました。 投稿 Vol.398 手島里華(J-Breeze Radio, Executive Producer)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

江戸時代の和時計って針ではなく文字盤の方が動くんだって!時間は過去から未来に流れるのではなく、未来から過去へ流れていく。その概念がひっくり返った世界、面白い!って思う金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」記念すべき100人目のインタビュー、最初のエピソード。 東京都世田谷区出身。活発で学級委員長も務めるタイプだった少女時代、当時の夢は「文房具屋さん」。そんな彼女が大学生時代にたまたま紹介されたアルバイトが女子大生アナウンサーとして原稿を読む仕事。後に超難関を突破し、初の報道部配属の新人アナウンサーとしてニッポン放送へ入社します。その後、TOKYO FM、J-WAVEという日本のラジオ界を牽引するトップ局で活躍。報道の最前線での取材や朝の生放送番組まで、あらゆる現場を経験し磨き上げられた「声のプロフェッショナル」としての道を歩き続けることに。2026年1月、自ら日本語インターネットラジオ『J-Breeze Radio』を開局。常に生の空気感を大切にする「現場第一主義」を貫き、仕事に打ち込む姿を見た息子さんからの「お母さん、かっこいいね」という嬉しい一言を力に変え日々を奔走する。時に思い出す父親から贈られた「お前はできるから大丈夫だよ」という言葉は、今も彼女の挑戦を支える原点でもある。声や言葉の力を信じて走り続ける、里華さんの爽やかで力強い情熱ものがたり。 まずは、ご自身が運営するJ-Breeze Radioのこと、他の声のお仕事を含む活動内容などを伺いました。子育てもしながら多岐にわたる仕事をこなすパワフルな女性。爽やかで気持ちのいい語り口が、そよ風のように耳に心地よい。 投稿 Vol.397 手島里華(J-Breeze Radio, Executive Producer)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

昨日は早朝4時から日本のラジオ番組に生出演!という貴重な体験をさせてもらって楽しかったなぁ。人生において新しい経験って本当に尊いものだと最近切に感じる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」99人目のインタビュー、最終エピソード。 東京都足立区竹の塚出身。スポーツも音楽も楽しんだ少年時代を経て、だんだんと大人になるにつれて夜のディスコや海の文化に憧れたことが、彼の人生の羅針盤となる。名門「東京會舘」のバーテンダーとしてプロの門を叩き、その後、人生の大半を共にする「ゼットン」へ。そこで名付けられたニックネームは、彼の柔和な人柄を表す“マイルド”。夢を追って渡ったオーストラリアでは、持ち前の仕事ぶりで永住権まで取得。その後、六本木、シドニー、そして楽園ハワイへとステージを移し、ZETTON,Inc のCEOとして300名近いスタッフと11以上の店舗を率いるまでに。社是である「店づくりは人づくり、店づくりは街づくり」を体現し、地域コミュニティをより良くすることに邁進。どんなことにも「逃げずに向き合う」という誠実な姿勢と、波と音楽を愛する自由な精神が、多くの人を惹きつけている。「海のそばで暮らす」という10代の夢を叶え、ハワイの風を感じながら日々を走り続ける長谷川さんの、マイルドで熱い情熱ものがたり。 憧れが夢になり、それを叶えてまた大きな憧れを追いかける。もちろん苦労もたくさんあるはずだけど、やっぱりポジティブに前向きに生きる姿は周りに元気や勇気を与えてくれます。マイルドさん、いつか会いに行きます! 投稿 Vol.396 長谷川誠(ZETTON, Inc. CEO / President)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

体調戻って「健康さいこー!」と叫びたい今日この頃。普通の日々がたまらなく嬉しい。気づいたらギター弾いて歌歌って「おーい仕事しろ!」と自分にツッコミ入れる時間がとても尊いと感じる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、99人目のインタビュー。 東京都足立区竹の塚出身。スポーツも音楽も楽しんだ少年時代を経て、だんだんと大人になるにつれて夜のディスコや海の文化に憧れたことが、彼の人生の羅針盤となる。名門「東京會舘」のバーテンダーとしてプロの門を叩き、その後、人生の大半を共にする「ゼットン」へ。そこで名付けられたニックネームは、彼の柔和な人柄を表す“マイルド”。夢を追って渡ったオーストラリアでは、持ち前の仕事ぶりで永住権まで取得。その後、六本木、シドニー、そして楽園ハワイへとステージを移し、ZETTON,Inc のCEOとして300名近いスタッフと11以上の店舗を率いるまでに。社是である「店づくりは人づくり、店づくりは街づくり」を体現し、地域コミュニティをより良くすることに邁進。どんなことにも「逃げずに向き合う」という誠実な姿勢と、波と音楽を愛する自由な精神が、多くの人を惹きつけている。「海のそばで暮らす」という10代の夢を叶え、ハワイの風を感じながら日々を走り続ける長谷川さんの、マイルドで熱い情熱ものがたり。 本当に海が大好きで、音楽が大好きで、人と食、そしてコミュニティが大好きなんだなぁって感じました。明るくポジティブなVIBESを放つマイルドさんに是非会いに行きたい!って思えるエピソード。 投稿 Vol.395 長谷川誠(ZETTON, Inc. CEO / President)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

体調が悪いのを誤魔化しながら無理してたんだなー、急激に悪化して病院行ったら副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)とのこと。数日辛かったですがやっと復活の兆候。ベッドから起き上がりなんとかこれを配信してる金曜の板倉です、こんばんは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、99人目のインタビュー。 東京都足立区竹の塚出身。スポーツも音楽も楽しんだ少年時代を経て、だんだんと大人になるにつれて夜のディスコや海の文化に憧れたことが、彼の人生の羅針盤となる。名門「東京會舘」のバーテンダーとしてプロの門を叩き、その後、人生の大半を共にする「ゼットン」へ。そこで名付けられたニックネームは、彼の柔和な人柄を表す“マイルド”。夢を追って渡ったオーストラリアでは、持ち前の仕事ぶりで永住権まで取得。その後、六本木、シドニー、そして楽園ハワイへとステージを移し、ZETTON,Inc のCEOとして300名近いスタッフと11以上の店舗を率いるまでに。社是である「店づくりは人づくり、店づくりは街づくり」を体現し、地域コミュニティをより良くすることに邁進。どんなことにも「逃げずに向き合う」という誠実な姿勢と、波と音楽を愛する自由な精神が、多くの人を惹きつけている。「海のそばで暮らす」という10代の夢を叶え、ハワイの風を感じながら日々を走り続ける長谷川さんの、マイルドで熱い情熱ものがたり。 憧れに向かって素直にまっすぐ突き進む。きっと裏側にはたくさんの努力もあるんだと思いますが、人を束ねる役につく人はきっとそういうのは見せないんだろうなぁなんて思いました。素敵なエピソード盛りだくさんです。 投稿 Vol.394 長谷川誠(ZETTON, Inc. CEO / President)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

未来のことを考えているときは楽しい「どんな感じかなぁ、こんな風になるといいなぁ」なんてね。期待を超える未来のために頑張って仕事すんぞーと思ったりする金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」99人目のインタビュー、最初のエピソード。 東京都足立区竹の塚出身。スポーツも音楽も楽しんだ少年時代を経て、だんだんと大人になるにつれて夜のディスコや海の文化に憧れたことが、彼の人生の羅針盤となる。名門「東京會舘」のバーテンダーとしてプロの門を叩き、その後、人生の大半を共にする「ゼットン」へ。そこで名付けられたニックネームは、彼の柔和な人柄を表す“マイルド”。夢を追って渡ったオーストラリアでは、持ち前の仕事ぶりで永住権まで取得。その後、六本木、シドニー、そして楽園ハワイへとステージを移し、ZETTON,Inc のCEOとして300名近いスタッフと11以上の店舗を率いるまでに。社是である「店づくりは人づくり、店づくりは街づくり」を体現し、地域コミュニティをより良くすることに邁進。どんなことにも「逃げずに向き合う」という誠実な姿勢と、波と音楽を愛する自由な精神が、多くの人を惹きつけている。「海のそばで暮らす」という10代の夢を叶え、ハワイの風を感じながら日々を走り続ける長谷川さんの、マイルドで熱い情熱ものがたり。 まずは今の活動内容を、というところなんですが同い年ということもあり趣味や興味にガチ共感しまくりでした。笑 語り口からも伝わるマイルドさと仕事人としての誠実さを是非感じてください。 投稿 Vol.393 長谷川誠(ZETTON, Inc. CEO / President)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

8日間の出張から帰って来たと思いきや、今度は自動車事故にあってしまって、とほほな状況・・、それでもShow Must Go On! ってことでめげずに配信準備を進めています金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」98人目のインタビュー、最終エピソード。 茨城県ひたちなか市出身。想像力豊かな少女は3歳からピアノを始め、作曲家に憧れた。長女としてかいわゆる「良い子」の道を進み、リクルートに就職。多忙な編集デスクを務める中、「なりたい自分に近づいているか」を自らに問い続け、30歳で安定を捨て音楽の世界へ。そんな大胆な人生の舵取りを経て、単身ニューヨークへ渡る。グラミー賞ノミネート、「徹子の部屋」出演など世界で認められる実績の裏にあるのは、リクルート時代に培った「後工程の人」への配慮と采配力、そしてしなやかな力強さ。震災被災者の物語を音楽に紡ぐプロジェクトを通じ、言葉を超えた「希望とレジリエンス」を表現し続けています。泣きながらでもステージに立ち続けるという、誠実で真っ直ぐ、飾らない人柄が伺えます。朝日のようなイエローの光を放ち、音と言葉で誰かの人生に寄り添い続けるみぎわさんの、愛と希望に満ちた情熱ものがたり。 いやー、本当に多岐にわたりパワフルな活動をしていらっしゃる姿に元気と勇気をたくさんもらった気分です。世界は色々ありますが、きっと素敵な未来があるはずだ!と思わせてくれる素敵なお話でした。 投稿 Vol.392 宮嶋みぎわ(作/ 編曲家・プロデューサー・ピアニスト)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

きっと出張中の配信でドタバタになりそうなので前もってこれを書いてます。最近ロサンゼルスはすっかり夏めいていて太陽サンサン、とにかく空が青くて最高な金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、98人目のインタビュー。 茨城県ひたちなか市出身。想像力豊かな少女は3歳からピアノを始め、作曲家に憧れた。長女としてかいわゆる「良い子」の道を進み、リクルートに就職。多忙な編集デスクを務める中、「なりたい自分に近づいているか」を自らに問い続け、30歳で安定を捨て音楽の世界へ。そんな大胆な人生の舵取りを経て、単身ニューヨークへ渡る。グラミー賞ノミネート、「徹子の部屋」出演など世界で認められる実績の裏にあるのは、リクルート時代に培った「後工程の人」への配慮と采配力、そしてしなやかな力強さ。震災被災者の物語を音楽に紡ぐプロジェクトを通じ、言葉を超えた「希望とレジリエンス」を表現し続けています。泣きながらでもステージに立ち続けるという、誠実で真っ直ぐ、飾らない人柄が伺えます。朝日のようなイエローの光を放ち、音と言葉で誰かの人生に寄り添い続けるみぎわさんの、愛と希望に満ちた情熱ものがたり。 先週の、自分のアイデンティティの話に引き続き、自分の強みをしっかりと捉えていて活動に活かしてらっしゃる姿勢に感心しました。「徹子の部屋」出演時のエピソードもとても感動的でした。 投稿 Vol.391 宮嶋みぎわ(作/ 編曲家・プロデューサー・ピアニスト)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

ポッドキャストの番組めっちゃ増えてる気がする!楽しい時間をたくさんもらって感謝しつつ、自分たちもそんな番組作れたらいいなぁって改めて思う金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、98人目のインタビュー。 茨城県ひたちなか市出身。想像力豊かな少女は3歳からピアノを始め、作曲家に憧れた。長女としてかいわゆる「良い子」の道を進み、リクルートに就職。多忙な編集デスクを務める中、「なりたい自分に近づいているか」を自らに問い続け、30歳で安定を捨て音楽の世界へ。そんな大胆な人生の舵取りを経て、単身ニューヨークへ渡る。グラミー賞ノミネート、「徹子の部屋」出演など世界で認められる実績の裏にあるのは、リクルート時代に培った「後工程の人」への配慮と采配力、そしてしなやかな力強さ。震災被災者の物語を音楽に紡ぐプロジェクトを通じ、言葉を超えた「希望とレジリエンス」を表現し続けています。泣きながらでもステージに立ち続けるという、誠実で真っ直ぐ、飾らない人柄が伺えます。朝日のようなイエローの光を放ち、音と言葉で誰かの人生に寄り添い続けるみぎわさんの、愛と希望に満ちた情熱ものがたり。 子供の頃の特性や自由さってだんだん大人になっていくにつれてなぜか抑えてしまうのかもなぁ。そしてまた、むくむくとその特性が溢れ出てきてしまうものかも知れないななんて感じました。 投稿 Vol.390 宮嶋みぎわ(作/ 編曲家・プロデューサー・ピアニスト)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

なるべく午前中に頭を使う仕事やクリエイティブなことをやろうと思いつつもニュース見てしまったり簡単に片付く仕事からやりがち。やっぱり「にんげんだもの」な金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」98人目のインタビュー、最初のエピソード。 茨城県ひたちなか市出身。想像力豊かな少女は3歳からピアノを始め、作曲家に憧れた。長女としてかいわゆる「良い子」の道を進み、リクルートに就職。多忙な編集デスクを務める中、「なりたい自分に近づいているか」を自らに問い続け、30歳で安定を捨て音楽の世界へ。そんな大胆な人生の舵取りを経て、単身ニューヨークへ渡る。グラミー賞ノミネート、「徹子の部屋」出演など世界で認められる実績の裏にあるのは、リクルート時代に培った「後工程の人」への配慮と采配力、そしてしなやかな力強さ。震災被災者の物語を音楽に紡ぐプロジェクトを通じ、言葉を超えた「希望とレジリエンス」を表現し続けています。泣きながらでもステージに立ち続けるという、誠実で真っ直ぐ、飾らない人柄が伺えます。朝日のようなイエローの光を放ち、音と言葉で誰かの人生に寄り添い続けるみぎわさんの、愛と希望に満ちた情熱ものがたり。 まずは今の活動内容を、というところなんですが内容が本当に盛りだくさん!いろんな角度や方法で果敢に挑戦していく姿に、学びや勇気をもらえた気がします。 投稿 Vol.389 宮嶋みぎわ(作/ 編曲家・プロデューサー・ピアニスト)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

「自分が活き、より必要とされる場所で花を咲かせたい」本当に素敵なことですよね。もうすぐ春だなぁなんて感じながら、ある方の想いを想像して応援したい気持ちになっている金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」97人目のインタビュー、最終エピソード。 東京・新宿に生まれ、転勤族として各地を転々としながら育ち電車の運転手やスポーツ選手に憧れた幼少期。高校生時代に自ら見つけ出した交換留学制度でアメリカへ渡った経験が、人生の原点となる。伊藤忠商事、Qualcomm Japan、Amazon Japanといった誰もが知る大企業で責任者を歴任。常にビジネスの最前線で活躍し続けてきた華麗なキャリアの裏側には、会社に泊まり込むほどの激務や大企業の看板を背負うがゆえの葛藤もあったそう。40歳を目前に、それまでの地位を脱ぎ捨てて選んだのは、北欧・フィンランドへの移住と独立起業いう大きな決断。現在は、経営コンサルティング、日本食レストランの共同オーナー、そしてサウナ・スパ事業の展開と、マルチに事業を動かす実業家となった。国際結婚・離婚を経て、シングルファーザーとして二人の息子を育てる日々。決して順風満帆ではなかった状況でも「何がなんでも自分の足で立つ」と前を向く強さを感じました。かつて点だった経験が一本の線に繋がる“Connecting the dots”を体現し、異国の地で「隠れた宝」といわゆる「上り」の道を探し続ける小菅さんの、静かに燃える情熱と温かな愛に満ちた素敵なものがたり。 「一つ後悔してることがあるんです」と語ってくれたエピソードも、きっと大切な経験で、素敵な未来に繋がっていくんだなと感じました。インタビュー、本当に楽しかったです、感謝。 投稿 Vol.388 小菅祥之(実業家・経営コンサルタント)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

ちょっと前まではAIで生成された声でのニュースに違和感を感じていましたが、だんだん慣れてくるとAIだということを忘れてしまう瞬間がある。そうやってだんだん境目が分からなくなっていく未来への好奇心と共に怖いとも感じる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、97人目のインタビュー。 東京・新宿に生まれ、転勤族として各地を転々としながら育ち電車の運転手やスポーツ選手に憧れた幼少期。高校生時代に自ら見つけ出した交換留学制度でアメリカへ渡った経験が、人生の原点となる。伊藤忠商事、Qualcomm Japan、Amazon Japanといった誰もが知る大企業で責任者を歴任。常にビジネスの最前線で活躍し続けてきた華麗なキャリアの裏側には、会社に泊まり込むほどの激務や大企業の看板を背負うがゆえの葛藤もあったそう。40歳を目前に、それまでの地位を脱ぎ捨てて選んだのは、北欧・フィンランドへの移住と独立起業いう大きな決断。現在は、経営コンサルティング、日本食レストランの共同オーナー、そしてサウナ・スパ事業の展開と、マルチに事業を動かす実業家となった。国際結婚・離婚を経て、シングルファーザーとして二人の息子を育てる日々。決して順風満帆ではなかった状況でも「何がなんでも自分の足で立つ」と前を向く強さを感じました。かつて点だった経験が一本の線に繋がる“Connecting the dots”を体現し、異国の地で「隠れた宝」といわゆる「上り」の道を探し続ける小菅さんの、静かに燃える情熱と温かな愛に満ちた素敵なものがたり。 実業家として、父親として、一人の人間として、いろんな場面や状況での生き方がありますよね。「何がなんでも自分の足で立つ」この言葉に集約されるなぁと感じた、勇気をもらえる素敵なストーリー。 投稿 Vol.387 小菅祥之(実業家・経営コンサルタント)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

今まで知らなかったけどものすごく自分好みのバンドやアーティストを見つけることって、数年に一回くらいしかない最高に心が震える大切な時間だ!そんな最高な金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、97人目のインタビュー。 東京・新宿に生まれ、転勤族として各地を転々としながら育ち電車の運転手やスポーツ選手に憧れた幼少期。高校生時代に自ら見つけ出した交換留学制度でアメリカへ渡った経験が、人生の原点となる。伊藤忠商事、Qualcomm Japan、Amazon Japanといった誰もが知る大企業で責任者を歴任。常にビジネスの最前線で活躍し続けてきた華麗なキャリアの裏側には、会社に泊まり込むほどの激務や大企業の看板を背負うがゆえの葛藤もあったそう。40歳を目前に、それまでの地位を脱ぎ捨てて選んだのは、北欧・フィンランドへの移住と独立起業いう大きな決断。現在は、経営コンサルティング、日本食レストランの共同オーナー、そしてサウナ・スパ事業の展開と、マルチに事業を動かす実業家となった。国際結婚・離婚を経て、シングルファーザーとして二人の息子を育てる日々。決して順風満帆ではなかった状況でも「何がなんでも自分の足で立つ」と前を向く強さを感じました。かつて点だった経験が一本の線に繋がる“Connecting the dots”を体現し、異国の地で「隠れた宝」といわゆる「上り」の道を探し続ける小菅さんの、静かに燃える情熱と温かな愛に満ちた素敵なものがたり。 転校が多かったこと、高校でのアメリカ交換留学、そして社会人となり超一流企業での数々の経験。おそらくここでは語り尽くせるはずもなく、一部を切り取ったお話でしたがまさにドラマの様な面白さ満載でした。 投稿 Vol.386 小菅祥之(実業家・経営コンサルタント)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

昨日まで夏みたいな天気だったのが急に寒くなってびっくりなロサンゼルス。ちゃんと冬もやっとかないとね、なんか感覚ボケてきちゃうよなーなんて、贅沢な悩みだと思いながらこれ書いてる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」97人目のインタビュー、最初のエピソード。 東京・新宿に生まれ、転勤族として各地を転々としながら育ち電車の運転手やスポーツ選手に憧れた幼少期。高校生時代に自ら見つけ出した交換留学制度でアメリカへ渡った経験が、人生の原点となる。伊藤忠商事、Qualcomm Japan、Amazon Japanといった誰もが知る大企業で責任者を歴任。常にビジネスの最前線で活躍し続けてきた華麗なキャリアの裏側には、会社に泊まり込むほどの激務や大企業の看板を背負うがゆえの葛藤もあったそう。40歳を目前に、それまでの地位を脱ぎ捨てて選んだのは、北欧・フィンランドへの移住と独立起業いう大きな決断。現在は、経営コンサルティング、日本食レストランの共同オーナー、そしてサウナ・スパ事業の展開と、マルチに事業を動かす実業家となった。国際結婚・離婚を経て、シングルファーザーとして二人の息子を育てる日々。決して順風満帆ではなかった状況でも「何がなんでも自分の足で立つ」と前を向く強さを感じました。かつて点だった経験が一本の線に繋がる“Connecting the dots”を体現し、異国の地で「隠れた宝」といわゆる「上り」の道を探し続ける小菅さんの、静かに燃える情熱と温かな愛に満ちた素敵なものがたり。 小菅さんのビジネスのお話とフィンランドって?というお話、聞けば聞くほど味わい深くどんどん興味がわいてくる。情報量が多いのに整理されてて伝わりやすい話し方。学びの多いエピソードでした。 投稿 Vol.385 小菅祥之(実業家・経営コンサルタント)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

ほんと夏みたいな陽気が続く1月のロサンゼルス。いろんなニュースが飛び交って落ち着かない世界ではありますが、太陽がさんさんと照っていることだけで心からありがたい気持ちになる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」96人目のインタビュー、最終エピソード。 千葉県松戸市生まれ。幼い頃から「自分のことは自分でやる」環境で育ち、現実的に物事を捉える子どもだったそう。自立心の強いお姉さん気質な彼女は、亜細亜大学在学中のアイダホ留学をきっかけに世界が大きく広がり「いつか自分の力で海外に出る」と決意。社会人として3年間働き資金を貯め、オーストラリアへ単身留学。語学学校とコミュニティカレッジを修了するも、日本とはあまりに違うスローな生活に戸惑い、帰国を選ぶ。複数社での勤務後、今の活動につながるJ1ビザインターン事業の立ち上げに携わる。自身の渡米を求められる状況となり、結婚を考えるパートナーとの遠距離恋愛へ。幾度もの選択を重ねた末、ロサンゼルスへ拠点を移しグリーンカード取得という大きな転機を迎える。その後、42歳での起業、J1ビザコンサルタントとして1000人以上の挑戦を支えてきた。すべての決断は自分で選んだ最良のもの。そして「あなたには選択肢がたくさんあるよ」と優しい眼差しで語ってくれました。そんな安斎さんの、背中をそっと押してくれるような頼もしく力強い情熱ものがたり。 やっぱり日本人にもっと海外に出て活躍して欲しい!J1ビザコンサルタント起業で弟子入りしたい人いたら是非コンタクトしてみてください!割と手堅いビジネスであり、やりがいも100%だと思いますよー! 投稿 Vol.384 安斎佳美(代表 / J1ビザコンサルタント)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

やるべきことをやる。それ以上でもそれ以下でもないのだが、それが難しいのはなぜだろう。やるべきことの判断基準や動機、見える未来がその動力源になる。そこもっかい考えようぜって自分に問う金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、96人目のインタビュー。 千葉県松戸市生まれ。幼い頃から「自分のことは自分でやる」環境で育ち、現実的に物事を捉える子どもだったそう。自立心の強いお姉さん気質な彼女は、亜細亜大学在学中のアイダホ留学をきっかけに世界が大きく広がり「いつか自分の力で海外に出る」と決意。社会人として3年間働き資金を貯め、オーストラリアへ単身留学。語学学校とコミュニティカレッジを修了するも、日本とはあまりに違うスローな生活に戸惑い、帰国を選ぶ。複数社での勤務後、今の活動につながるJ1ビザインターン事業の立ち上げに携わる。自身の渡米を求められる状況となり、結婚を考えるパートナーとの遠距離恋愛へ。幾度もの選択を重ねた末、ロサンゼルスへ拠点を移しグリーンカード取得という大きな転機を迎える。 その後、42歳での起業、J1ビザコンサルタントとして1000人以上の挑戦を支えてきた。すべての決断は自分で選んだ最良のもの。そして「あなたには選択肢がたくさんあるよ」と優しい眼差しで語ってくれました。そんな安斎さんの、背中をそっと押してくれるような頼もしく力強い情熱ものがたり。 日本人にもっと海外に出て活躍して欲しい!って思う海外在住者って本当にたくさんいるんだろうなって思う。でも、それを日本の人にどう伝えるかが難しく、それこそが挑戦すべきところなのかなって改めて感じました。 投稿 Vol.383 安斎佳美(代表 / J1ビザコンサルタント)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

一体何人の方がこれを読んでいるんだろうか?とたまに思ったりもするが、これを書くこと自体が筋トレみたいなもので「自分のためのトレーニングと思ってやってるんだよ」と自問自答な金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、96人目のインタビュー。 千葉県松戸市生まれ。幼い頃から「自分のことは自分でやる」環境で育ち、現実的に物事を捉える子どもだったそう。自立心の強いお姉さん気質な彼女は、亜細亜大学在学中のアイダホ留学をきっかけに世界が大きく広がり「いつか自分の力で海外に出る」と決意。社会人として3年間働き資金を貯め、オーストラリアへ単身留学。語学学校とコミュニティカレッジを修了するも、日本とはあまりに違うスローな生活に戸惑い、帰国を選ぶ。複数社での勤務後、今の活動につながるJ1ビザインターン事業の立ち上げに携わる。自身の渡米を求められる状況となり、結婚を考えるパートナーとの遠距離恋愛へ。幾度もの選択を重ねた末、ロサンゼルスへ拠点を移しグリーンカード取得という大きな転機を迎える。 その後、42歳での起業、J1ビザコンサルタントとして1000人以上の挑戦を支えてきた。すべての決断は自分で選んだ最良のもの。そして「あなたには選択肢がたくさんあるよ」と優しい眼差しで語ってくれました。そんな安斎さんの、背中をそっと押してくれるような頼もしく力強い情熱ものがたり。 いやーほんと人生の転機やキャリアのことって悩みが尽きないのかも?とも思うし、迷いながらも進んでいくことで見えてくるものがあって、やる前とは判断基準そのものが変わってくるんだよなぁなんて、とても学びのあるお話でした。 投稿 Vol.382 安斎佳美(代表 / J1ビザコンサルタント)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

珍しく年末年始に雨の日が多かったロサンゼルスでしたが、今週来週は全て晴れ予報が出てて嬉しくなる!激動する世界のニュースを耳にしつつも、自分は自分のできることをしっかりやろうと思う金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」96人目のインタビュー、最初のエピソード。 千葉県松戸市生まれ。幼い頃から「自分のことは自分でやる」環境で育ち、現実的に物事を捉える子どもだったそう。自立心の強いお姉さん気質な彼女は、亜細亜大学在学中のアイダホ留学をきっかけに世界が大きく広がり「いつか自分の力で海外に出る」と決意。社会人として3年間働き資金を貯め、オーストラリアへ単身留学。語学学校とコミュニティカレッジを修了するも、日本とはあまりに違うスローな生活に戸惑い、帰国を選ぶ。複数社での勤務後、今の活動につながるJ1ビザインターン事業の立ち上げに携わる。自身の渡米を求められる状況となり、結婚を考えるパートナーとの遠距離恋愛へ。幾度もの選択を重ねた末、ロサンゼルスへ拠点を移しグリーンカード取得という大きな転機を迎える。 その後、42歳での起業、J1ビザコンサルタントとして1000人以上の挑戦を支えてきた。すべての決断は自分で選んだ最良のもの。そして「あなたには選択肢がたくさんあるよ」と優しい眼差しで語ってくれました。そんな安斎さんの、背中をそっと押してくれるような頼もしく力強い情熱ものがたり。 インタビューの収録にお邪魔したInfinity WIZ, Inc.さんのオフィス。アロマの香りとモチベーションや気分が上がる言葉が壁に飾ってあったりして、やはり場所や空間って人柄も伝わるなぁなんて感じました。 投稿 Vol.381 安斎佳美(代表 / J1ビザコンサルタント)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

「一年の計は元旦にあり」、絶対に飲みすぎないぞ!と挑んだ大晦日の飲み会はやっぱり楽しく飲みすぎて軽く二日酔いのトホホな元旦。毎回反省・・・今年はお酒に飲まれない一年にしたい金曜の板倉です、こんにちは。 2026年一発目の配信は番外編です。この番組にアシスタントとして参加してくれる新しいメンバー、臼井佑奈さんをご紹介!ミツが用意した10個の質問でユナさんの人柄をお届けします。そして抜き打ちでの番組紹介(口上)収録の結果はどうなる!? 投稿 番外編 23: 新メンバーのユナさん紹介! は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

とことん雨に弱いロサンゼルス。クリスマスイブに直撃したストームにより洪水や地滑りなど大変なニュースが流れる中楽しい忘年会の乾杯できたことに心から「ありがとう♡」を伝えたい金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」95人目のインタビュー、最終エピソード。 福岡県の鞍手町で生まれ「人と同じことをしたくない」というユニーク性をすでに発揮していた少年時代。高校時代にバイクに興味を持ち始め、憧れの先輩や近所のカスタム職人さんとの出会いを通じて、ビンテージハーレーのカスタム職人という道を目指すことに。二級整備士免許を取得後、厳しい丁稚奉公のような修行時代を経て、地元福岡でカスタムショップをオープンする直前にアメリカへ買い付けに。当初の計画とは大きく変わり、アメリカで働き始めることになったマコトさんの人生は、波瀾万丈ジェットコースターのような展開へ。 ビンテージハーレーのカスタム(組み立て)、修理、販売、日本への輸出を生業とし、「遊ぶように」仕事にする彼のスタイルは、まさに憧れのアメリカンドリーム。ビンテージの希少なパーツを集め、型も年代もバラバラな部品を組み合わせるカスタムビルドは、手間もかかる上にクリエイティブな作業だからこそ日本で数年待ちとなるほどの人気を誇る。また、バイクを積んだコンテナの空いたスペースを活用し、福岡にアンティークショップをオープンさせるなど、そのビジネスセンスもユニーク。「とりあえずやれ、今すぐやれ」という彼の仕事哲学と、素朴に素直にお客さんが喜んでくれることをモチベーションとする素敵な人柄。困難を乗り越え続けたマコトさんのアウトローな雰囲気の中にも熱い想いが光る情熱ものがたり。 イカついバイクで爆音を鳴らしワイルドな生き方をする彼もやっぱり優しいお父さんの顔になるんですよねー。この物語がまた次世代の誰かに届いて、何か少しでも受け継がれていくものがあるといいな。 投稿 Vol.380 加治誠人(ビンテージハーレービルダー)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

なんとまぁ、やっぱり師走。時が駆け抜けていく。あったかいホットチョコレートが美味しい、そして綺麗な夜の街をドライブするのも楽しい季節ですな。少しホッとしてる金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、95人目のインタビュー。 福岡県の鞍手町で生まれ「人と同じことをしたくない」というユニーク性をすでに発揮していた少年時代。高校時代にバイクに興味を持ち始め、憧れの先輩や近所のカスタム職人さんとの出会いを通じて、ビンテージハーレーのカスタム職人という道を目指すことに。二級整備士免許を取得後、厳しい丁稚奉公のような修行時代を経て、地元福岡でカスタムショップをオープンする直前にアメリカへ買い付けに。当初の計画とは大きく変わり、アメリカで働き始めることになったマコトさんの人生は、波瀾万丈ジェットコースターのような展開へ。 ビンテージハーレーのカスタム(組み立て)、修理、販売、日本への輸出を生業とし、「遊ぶように」仕事にする彼のスタイルは、まさに憧れのアメリカンドリーム。ビンテージの希少なパーツを集め、型も年代もバラバラな部品を組み合わせるカスタムビルドは、手間もかかる上にクリエイティブな作業だからこそ日本で数年待ちとなるほどの人気を誇る。また、バイクを積んだコンテナの空いたスペースを活用し、福岡にアンティークショップをオープンさせるなど、そのビジネスセンスもユニーク。「とりあえずやれ、今すぐやれ」という彼の仕事哲学と、素朴に素直にお客さんが喜んでくれることをモチベーションとする素敵な人柄。困難を乗り越え続けたマコトさんのアウトローな雰囲気の中にも熱い想いが光る情熱ものがたり。 ほんとにドラマに出てきそうな面白い人生が次々と展開していくぶっ飛びエピソード。しかし行動原理は至ってシンプルで、憧れたもの好きなものをとことん突き詰めるだけなんだよなぁとも思ったりする痛快さ。 投稿 Vol.379 加治誠人(ビンテージハーレービルダー)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

筋肉量の低下は冷え症につながる原因の一つなんだ!新しい気づきのようでありただ忘れてただけで既知の情報かすら定かではないがとりあえず筋トレしようと思った金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、95人目のインタビュー。 福岡県の鞍手町で生まれ「人と同じことをしたくない」というユニーク性をすでに発揮していた少年時代。高校時代にバイクに興味を持ち始め、憧れの先輩や近所のカスタム職人さんとの出会いを通じて、ビンテージハーレーのカスタム職人という道を目指すことに。二級整備士免許を取得後、厳しい丁稚奉公のような修行時代を経て、地元福岡でカスタムショップをオープンする直前にアメリカへ買い付けに。当初の計画とは大きく変わり、アメリカで働き始めることになったマコトさんの人生は、波瀾万丈ジェットコースターのような展開へ。 ビンテージハーレーのカスタム(組み立て)、修理、販売、日本への輸出を生業とし、「遊ぶように」仕事にする彼のスタイルは、まさに憧れのアメリカンドリーム。ビンテージの希少なパーツを集め、型も年代もバラバラな部品を組み合わせるカスタムビルドは、手間もかかる上にクリエイティブな作業だからこそ日本で数年待ちとなるほどの人気を誇る。また、バイクを積んだコンテナの空いたスペースを活用し、福岡にアンティークショップをオープンさせるなど、そのビジネスセンスもユニーク。「とりあえずやれ、今すぐやれ」という彼の仕事哲学と、素朴に素直にお客さんが喜んでくれることをモチベーションとする素敵な人柄。困難を乗り越え続けたマコトさんのアウトローな雰囲気の中にも熱い想いが光る情熱ものがたり。 高校生の頃に憧れた世界。決して楽ではなく、むしろ大変なことが次から次から降ってくる波瀾万丈そのもの。それでも最高に楽しそうなのが人生の面白いところですねー 投稿 Vol.378 加治誠人(ビンテージハーレービルダー)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

ちょっとだけ崩してた体調もよくなって今週末は海行けるかなーと波チェック。寒そうだけど太陽が出てるだけで気分が上がるカリフォルニアにありがとう&I L♡VE YOUな金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」95人目のインタビュー、最初のエピソード。 福岡県の鞍手町で生まれ「人と同じことをしたくない」というユニーク性をすでに発揮していた少年時代。高校時代にバイクに興味を持ち始め、憧れの先輩や近所のカスタム職人さんとの出会いを通じて、ビンテージハーレーのカスタム職人という道を目指すことに。二級整備士免許を取得後、厳しい丁稚奉公のような修行時代を経て、地元福岡でカスタムショップをオープンする直前にアメリカへ買い付けに。当初の計画とは大きく変わり、アメリカで働き始めることになったマコトさんの人生は、波瀾万丈ジェットコースターのような展開へ。 ビンテージハーレーのカスタム(組み立て)、修理、販売、日本への輸出を生業とし、「遊ぶように」仕事にする彼のスタイルは、まさに憧れのアメリカンドリーム。ビンテージの希少なパーツを集め、型も年代もバラバラな部品を組み合わせるカスタムビルドは、手間もかかる上にクリエイティブな作業だからこそ日本で数年待ちとなるほどの人気を誇る。また、バイクを積んだコンテナの空いたスペースを活用し、福岡にアンティークショップをオープンさせるなど、そのビジネスセンスもユニーク。「とりあえずやれ、今すぐやれ」という彼の仕事哲学と、素朴に素直にお客さんが喜んでくれることをモチベーションとする素敵な人柄。困難を乗り越え続けたマコトさんのアウトローな雰囲気の中にも熱い想いが光る情熱ものがたり。 インタビューの収録にお邪魔したJay's motorcycles さんのお店や工場は本当にかっこよくて、古き良き「ザ・アメリカ!」って感じの雰囲気で最高でした。リスナーコミュニティ「情熱の部屋」に動画もアップしますので覗いてみてね。 投稿 Vol.377 加治誠人(ビンテージハーレービルダー)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

なんだか急に寒くなったなぁと思っていたら一昨日あたりから鼻水が止まらないのは気のせいかしら?うんきっと気のせいだと海に入ったら体が冷えたけどピースでハッピーな時間だったな。金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」94人目のインタビュー、最終エピソード。 東京生まれ横浜育ち。7歳の頃にアメリカで1年過ごした経験が良い思い出となり、結果的に今の暮らしや仕事に繋がっていく。苦労はしたがやり切った高校での1年間の留学、得意の英語を活かしてクリアした大学受験、楽しかった大学生活。その後、なんとなくで進んでしまった就職、働き過ぎで心身ボロボロになった3年間の社会生活。結婚、出産、アメリカ移住、3児の母としての慌ただしい暮らし。そんな人生のうねりの中で出会った“自分が本当にやりたいこと”。40代での大きなキャリアチェンジ。家族の支えと、魂の声に従うような直感を信じて、一歩を踏み出した。それが、助産師という道。 生まれることも死ぬことも家の中で日常と共にあったひと昔前とは大きく変わったこの時代に、命に寄り添い、心を育て、明日を照らす。人間の本来の強さと優しさを信じ、直感に耳を澄ませながら、人と人が支え合う“現代の寺子屋”を目指す。200件を超えるお産の現場に立ち会い、尊い命と向き合ってきた寛子さんの優しい眼差し。そんな心が温まるような情熱ものがたり。 とても大きな責任とプレッシャーを伴う大切で素晴らしい仕事だからこそ。寛子さんの、自身の心を鍛え精神的な成長への努力を惜しまない姿勢がとても尊く映ります。とても素敵な感動ストーリーをありがとうございました。 投稿 Vol.376 青柳寛子(カリフォルニア州ライセンス助産師)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

先日、家の前の地中から水が漏れ続けるという事態が発生し水道屋さんを呼んだ。水道管が老朽化して穴空いてたらしい。スコップでめっちゃ穴掘って泥だらけになりながら修復する仕事人はマジかっこよかった!金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、94人目のインタビュー。 東京生まれ横浜育ち。7歳の頃にアメリカで1年過ごした経験が良い思い出となり、結果的に今の暮らしや仕事に繋がっていく。苦労はしたがやり切った高校での1年間の留学、得意の英語を活かしてクリアした大学受験、楽しかった大学生活。その後、なんとなくで進んでしまった就職、働き過ぎで心身ボロボロになった3年間の社会生活。結婚、出産、アメリカ移住、3児の母としての慌ただしい暮らし。そんな人生のうねりの中で出会った“自分が本当にやりたいこと”。40代での大きなキャリアチェンジ。家族の支えと、魂の声に従うような直感を信じて、一歩を踏み出した。それが、助産師という道。 生まれることも死ぬことも家の中で日常と共にあったひと昔前とは大きく変わったこの時代に、命に寄り添い、心を育て、明日を照らす。人間の本来の強さと優しさを信じ、直感に耳を澄ませながら、人と人が支え合う“現代の寺子屋”を目指す。200件を超えるお産の現場に立ち会い、尊い命と向き合ってきた寛子さんの優しい眼差し。そんな心が温まるような情熱ものがたり。 日本の病院での第一子出産とアメリカの自宅での第二子出産、対照的となった経験。「私らしく生きるには?」を突き詰めて考え、助産師になることを決意した経緯。生と死、自然と対峙する姿勢。いやー、本当に素敵なお話盛りだくさんでした。 投稿 Vol.375 青柳寛子(カリフォルニア州ライセンス助産師)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

ソーシャルメディアのフィードに出てくる内容ってほんと盗聴してるんか!?って疑いたくなるよね。「口に出せない事がある、口に出しちゃいけない事がある」そんな昔の長渕剛の歌を口ずさんでみたりする金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」94人目のインタビュー、最初のエピソード。 東京生まれ横浜育ち。7歳の頃にアメリカで1年過ごした経験が良い思い出となり、結果的に今の暮らしや仕事に繋がっていく。苦労はしたがやり切った高校での1年間の留学、得意の英語を活かしてクリアした大学受験、楽しかった大学生活。その後、なんとなくで進んでしまった就職、働き過ぎで心身ボロボロになった3年間の社会生活。結婚、出産、アメリカ移住、3児の母としての慌ただしい暮らし。そんな人生のうねりの中で出会った“自分が本当にやりたいこと”。40代での大きなキャリアチェンジ。家族の支えと、魂の声に従うような直感を信じて、一歩を踏み出した。それが、助産師という道。 生まれることも死ぬことも家の中で日常と共にあったひと昔前とは大きく変わったこの時代に、命に寄り添い、心を育て、明日を照らす。人間の本来の強さと優しさを信じ、直感に耳を澄ませながら、人と人が支え合う“現代の寺子屋”を目指す。200件を超えるお産の現場に立ち会い、尊い命と向き合ってきた寛子さんの優しい眼差し。そんな心が温まるような情熱ものがたり。 良き思い出として残っている7歳の時の1年間のアメリカ生活。大変だった高校生の時の1年間のアメリカ生活。そして超楽しかった!という大学生時の1年間のアメリカ生活。環境やタイミングによってこうも変わる、そして人生も然りですなー。 投稿 Vol.374 青柳寛子(カリフォルニア州ライセンス助産師)2/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

多角的な角度、尺度とすべき時間の長さ、余計なものを削ぎ落とした本質をちゃんと見極めて善悪を判断できると良いのだが。振り返ってみないと分かんないこともあるもんねーなんてシリアスな時間もあるさと金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」94人目のインタビュー、最初のエピソード。 東京生まれ横浜育ち。7歳の頃にアメリカで1年過ごした経験が良い思い出となり、結果的に今の暮らしや仕事に繋がっていく。苦労はしたがやり切った高校での1年間の留学、得意の英語を活かしてクリアした大学受験、楽しかった大学生活。その後、なんとなくで進んでしまった就職、働き過ぎで心身ボロボロになった3年間の社会生活。結婚、出産、アメリカ移住、3児の母としての慌ただしい暮らし。そんな人生のうねりの中で出会った“自分が本当にやりたいこと”。40代での大きなキャリアチェンジ。家族の支えと、魂の声に従うような直感を信じて、一歩を踏み出した。それが、助産師という道。 生まれることも死ぬことも家の中で日常と共にあったひと昔前とは大きく変わったこの時代に、命に寄り添い、心を育て、明日を照らす。人間の本来の強さと優しさを信じ、直感に耳を澄ませながら、人と人が支え合う“現代の寺子屋”を目指す。200件を超えるお産の現場に立ち会い、尊い命と向き合ってきた寛子さんの優しい眼差し。そんな心が温まるような情熱ものがたり。 いやー、知れば知るほど大変であり、とーっても尊いお仕事ですね。医学や医療の進化ももちろん大切で、この世界をより良くしてくれていますが、昔から変わらない自然な形の出産って本当に掛け替えのない素敵な出来事なんだぁと思いました。 投稿 Vol.373 青柳寛子(カリフォルニア州ライセンス助産師)1/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

今日は番外編、rooomというサービスを利用してリスナーコミュニティ「情熱の部屋」を開設しました。国境を越えたリスナーさん同士の交流や、ホストや出演者さんとの交流の場になれば嬉しいです。詳細しゃべってるので是非聞いてくださいね。 投稿 番外編 22: リスナーコミュニティ「情熱の部屋」 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

たまにあるんですよね、夜中の3時か4時くらいに起きて何か色々考えてると目が冴えてきて寝れなくなるやつ。そんでそろそろ起きる時間に超眠いってパターン。色々と楽しみな予定もあるんだけどなんだか眠い金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」93人目のインタビュー、最終エピソード。 奈良県橿原市出身。明るく活発な子供時代を経て、思春期と呼ばれる時期には80年代のアメリカ文化に強い憧れを抱くように。マドンナやマイケル・ジャクソンに熱狂した日々が、結果的に彼の人生のコンパスになっていたのかもしれません。一度は銀行に就職するも、アメリカへの夢を諦めきれず、回り道をしながらも31歳で渡米を決意。当初目指していた道とは違う「写真」の世界で、その魅力にハマっていくことに。人生とは面白いもので、時に回り道ややむを得ずした選択がその人を本当に輝ける場所へと導いてくれるんですね。そして、趣味は仕事となり、憧れの地ロサンゼルスでウェディングフォトグラファーとして活躍。ただ写真を撮るだけでなくお客さんとの繋がりを何よりも大切に、手触り感のある「紙のフォトブック」を贈ることにこだわる姿勢から、彼の純粋で温かい人柄が伝わってきます。「いつか故郷の奈良で、外国人観光客のガイドをしたい」という夢もきっと叶えて楽しそうにしている姿が目に浮かびます。そんな手抜きのない仕事人・竹部さんの、夢を“思い続ける”ことの大切さを教えてくれる情熱ものがたり。 アメリカのこと、日本のこと。マドンナが好きだった過去の自分と、奈良ソムリエ検定取得を考える今の自分。ウェディングフォトと遺影を撮る事。どんな場面でも「心が充実していれば幸せ」。人生のこと色々考えさせられる本当に素敵なストーリーでした。 投稿 Vol.372 竹部茂教(フォトグラファー)4/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

なぜか最近は晩酌時に「木村さーーん!」を見るのがルーティン化。頂き物のきんぴらゴボウの美味しさに舌鼓を打ちながら、やっぱり自分も料理上手くなりたいなって思ったりもする金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、93人目のインタビュー。 奈良県橿原市出身。明るく活発な子供時代を経て、思春期と呼ばれる時期には80年代のアメリカ文化に強い憧れを抱くように。マドンナやマイケル・ジャクソンに熱狂した日々が、結果的に彼の人生のコンパスになっていたのかもしれません。一度は銀行に就職するも、アメリカへの夢を諦めきれず、回り道をしながらも31歳で渡米を決意。当初目指していた道とは違う「写真」の世界で、その魅力にハマっていくことに。人生とは面白いもので、時に回り道ややむを得ずした選択がその人を本当に輝ける場所へと導いてくれるんですね。そして、趣味は仕事となり、憧れの地ロサンゼルスでウェディングフォトグラファーとして活躍。ただ写真を撮るだけでなくお客さんとの繋がりを何よりも大切に、手触り感のある「紙のフォトブック」を贈ることにこだわる姿勢から、彼の純粋で温かい人柄が伝わってきます。「いつか故郷の奈良で、外国人観光客のガイドをしたい」という夢もきっと叶えて楽しそうにしている姿が目に浮かびます。そんな手抜きのない仕事人・竹部さんの、夢を“思い続ける”ことの大切さを教えてくれる情熱ものがたり。 プロフェッショナリズムって色々あると思うけど、技術的なことや精神的な面も含め一貫してお客さん目線で考えていらっしゃることに感動。ぜひ皆さんにも竹部さんのウェブサイトの「お客様の声」に目を通してみて欲しいです。 投稿 Vol.371 竹部茂教(フォトグラファー)3/4 は 1%の情熱ものがたり に最初に表示されました。