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「新じゃがの季節」が近づくと、思い出すのが「じゃがバター」。ほくほくの新じゃがにバターをのせ、さらに醤油を一滴垂らせば、香りは一気に“日本の味”へと変わります。バター醤油は、和と洋が出会った軽やかな調和。一方、味噌バターはまろやかで奥深く、余韻が長く続く「滞在型」の味わい。サーモンやタラ、ホタテを野菜とともに包み焼きにすれば、体の芯まで染み込むようなコクが広がります。調味料の違いが料理の印象を大きく変える、日本の食文化の奥深さを感じさせます。季節は冬から春へ。新じゃがの香りとともに、醤油バターか、味噌バターか。好みの一皿で、新しい季節を迎えてみてはいかがでしょうか

日本の文化には大別すると「昆布だし」と「かつおだし」 の2種類。「昆布だし」は「京都の文化」、一方「かつおだし」は「江戸の文化」と言えると思います。昆布は、江戸時代にはじまった「北前船」で、北海道から京都に持ち込まれたことで、日本の食文化に大きな影響を与えました。これに対して「昆布だし」は、控えめで素材の味をおいしく「演出」。「かつおだし」はその(味の)場を盛り上げるような華やかに味を引き立ててくれます。この2つを合わせて使うと際立つ旨味に。この味の具合がわかるようになると「大人」と言えるのかも知れませんね。

東京都中央区佃島に住んでいる友人チカチカという女性から年末佃煮をいただきました。元祖佃煮「天安本店」と箱に書いてありました。天安は創業1837年、100年以上の歴史の厚みが効いて、あらゆる素材の味が染み込んでいる味なんですね。佃煮は、元々、佃島で作られていたお惣菜です。江戸時代1603年に、徳川家康が江戸を開幕した時、大阪から連れてきた33人の人たちが、この佃島に住んで、大奥のために江戸湾でお魚を取って納めていたのがはじまりだとか。お魚を煮込んで保存食として江戸城に納めていたんですね。プレナスでは、3月7日土曜日、茅場町オフィスで巨大アート“棚田の四季”観覧会と 棚田米の試食イベントを開催します。午前10時30分からと午後2時30分からの2回参加は無料、定員は それぞれ30名です。ご応募は、プレナスの公式ホームページのニュースリリースからどうぞ!https://tanadanoshiki0307.hp.peraichi.com/

鈴鹿の名物といえば「椿こんにゃく」。こんにゃく芋の名産地は群馬県ですが、鈴鹿では名産ではなく“名物”として親しまれてきました。鈴鹿川の清らかな水は、こんにゃくのアク抜きに最適。鈴鹿市の椿大神社の信仰と結びつき、「椿」の名が付いたこんにゃくは、旅人たちの腹持ちの良い食として愛されてきました。伊勢へ向かう参詣道の途中、鈴鹿越えを前に力を蓄える。その実用性が、名物としての歴史を育てたのです。

「茶飲み友達」いらっしゃいますか? 鈴鹿はお茶の名産地でもあります。伊勢茶と呼ばれ、平安時代に弘法大師が伝えたという伝説もあり、歴史あるお茶です。特に江戸時代からは、「御師(おんし・おし)」と呼ばれる人たちが、全国へ伊勢神宮への参拝を広めていくのに合わせ、伊勢茶も全国に普及していきました。いわば、全国に茶飲み友達を作ったということかもしれません。特に伊勢茶は、収穫の直前に日光を遮ってしまう「かぶせ茶」という栽培法で、旨味成分のテアニンが豊富に含まれています。こうした旨味豊かなお茶だったことも全国に「茶飲み友達」を増やした要因だったかもしれません。

天ぷらを揚げるのにどんな油を使っていますか? 椿油で揚げるとあっさりして、時間が経ってもグタっとしません。古くから珍重され、遣唐使は唐に渡航する際、持っていったと言われています。日本で椿油の名産地というと、長崎県五島列島、鹿児島県桜島、伊豆大島を思い浮かべると思いますが、三重県鈴鹿市も名産地です。椿ととても縁が深く「椿大神社(つばきおおかみやしろ)」という神社もあります。椿という花は学名でも「Camellia japonica(カメリア・ジャポニカ)」といい、日本原産の植物です。フランスのパリ20区には日本通り(リュ・デュ・ジャポン, Rue du Japon)」という小道があり、そこにも椿が咲いていたりします。パリの街角で、また遣唐使たちも椿で日本を思い出したのかもしれません。

鈴鹿といえば「サーキット」。ホンダの創業者・本田宗一郎さんがお作りになったものですね。サーキットにはホテルがあって、そこにある「サーキットオベージュ」というレストランでは、サーキットならではのお料理があるんだそうです。そして、今年は午年。サーキットでもお馴染みのイタリアの自動車メーカー「フェラーリ」のエンブレムは「カヴァリーノ・ランパンテ」と呼ばれ、イタリア語で「跳ね馬」を指しています。力強く元気に誰にも負けない世界で一番になるんだと言って車を作ったのがフェラーリなんですね。そのフェラーリの本社がある・イタリアのモデナ市に、「リストランテ・カヴァリーノ」というレストランがあります。

阪牛のすき焼きに欠かせないのは、淡く、澄んだ昆布だし。量はほんの少し。昆布そのものの質が、料理の出来を大きく左右します。伊勢・松阪に生まれ、六度にわたって北海道を歩き尽くした松浦武四郎。彼の調査と記録は、北海道を“未知の地”から“日本の領土”へと輪郭づけ、同時に、昆布という食材を通して、日本の味覚と経済を動かす道筋を示しました。今ではフレンチやイタリアンにも欠かせない出汁として、一枚の昆布が世界の味へと広がっています。

三重県多気町は、伊勢から熊野につながる交通の要所でした。「多気」の語源は、古語の「多木」(たき、食物の多くできる土地の意)や動詞「たぎる」(勢いよく流れる、水が湧き出す)に由来するとされています。おいしい食べ物、おいしい水。つまり、命を喜ばせるものが全部揃っているということで「多気町」となったようです。そんな多気町に2021年「VISON(ヴィソン)」という日本の食文化がテーマのホテルを含む大規模商業施設が誕生しました。「VISON(ヴィソン)」は「美村」、多気町を象徴するような命を喜ばせるような施設です。おいしい水、おいしいものがいっぱい、心をのびのびさせる空間が広がっています。

伊勢志摩は、アワビでも有名な所です。今でも潜ってアワビを捕る海女と呼ばれる人たちがいらっしゃいます。その海女の方たちが捕ってきたアワビが伊勢神宮に納められています。伊勢神宮に納められるアワビは薄く薄く細く削いでいって「熨斗」と呼ばれるものに作り変えられます「熨斗アワビ」という言葉がありますが、祝い事には欠かせないもの。贈答品の熨斗紙の右上にある六角形の印。あの中の茶色の線、帯のみたいな部分、あれが「熨斗アワビ」で作られたものだったんです。

お伊勢参りの帰りに、必ず立ち寄りたくなる街・松阪。目当ては、松阪牛のすき焼きです。訪れるのは、明治16年創業の老舗「和田金」。白い砂糖、たまり醤油、昆布だし――そこに一枚の松阪牛をくぐらせるだけで、祝いのような一皿が生まれます。牛はストレスをためないよう大切に育てられているとか。そんな話を聞きながら味わうすき焼きは、体だけでなく心までほどいてくれます。やがて訪れる、満腹の眠気。座布団に身を預け、「どうぞお昼寝して帰ってくださいね」と言われる幸せ。すき焼きを食べて、もー、ねんね。松阪で過ごす、のんびりとした一日は、牛のように穏やかで、やさしい時間そのものです。

伊勢神宮に行く前に、四日市に立ち寄りました。四日市は、そうめんの産地でもあります。もうひとつ「伊勢水」と呼ばれる香り高い「ごま油」が特産品となっています。そうめんと伊勢水は切っても切れない関係にあります。そうめんを細く引き延ばす工程で「伊勢水」を塗りながら延ばしていきます。これによって滑らかな喉ごしになり、また味が劣化するのも抑えてくれると言います。四日市の方言に「ぎなぎな」という言葉があります。「ぼちぼち」「ゆっくり」「なんとか」という意味です。意外に腹持ちの良いそうめんを食べて、「ぎなぎな」やっていくのもいいと思います。

伊勢神宮をお参りする前に赤福で「ぜんざい」を食べました。「ぜんざい」は「善哉」と書きます。この「善哉」という名前、一休さんが語源と言われています。禅宗の僧たちが弟子を「素晴らしい」と褒めるとき使った言葉です。ある時、禅宗の僧侶だった一休さんが、初めて小豆の汁を食べた時、「善哉」と言ったことでこの名になったとも言われています。つぶあん、こしあん、汁あり、汁無しなどぜんざいとおしるこの間には、さまざまな地方色があり、「ぜんざい」と聞いて思い浮かべるものが違うのもおもしろい食べ物です。そして、プレナスでは、「禅と食」のオンライントークイベントを、2月14日土曜日 午後2時から開催します。曹洞宗・長光寺の住職・柿沼忍昭さんに「禅」における「食」の考え方について、わかりやすく解説いただきます。参加費は、無料です。お申し込みは、プレナスの公式ホームページにある「ニュースリリース」からどうぞ!https://www.plenus.co.jp/files/optionallink/00003174_file.pdf応募締め切りは、2月13日(金)まで。

伊勢神宮は、内宮に天照大御神、外宮に豊受大御神が祀られています。お参りの順番としては、外宮から内宮へと言われています。豊受大御神は、お食事の神様で、天照大御神にお食事を作って差し上げているんですね。この外宮から内宮に行く途中にあるのが「おかげ横丁」。ここで食べたくなるのが「伊勢うどん」、ふわふわで、弱い歯の人でも食べられる「柔らかさ」です。美味しいお出汁の醤油を絡めて食べる優しいおうどん。一生に一度は「お伊勢参り」をしたいと思って齢を重ねて来た人たちでも、安心して食べられるように、柔らかい「伊勢うどん」が生まれたのかも知れないですね。

桑名の海で育った海苔は、同じ“海苔”という言葉では語りきれない味わいを持っています。その海苔で包まれた「はまぐりの磯辺揚げ」は、まず磯の香りが立ち上がり、次の瞬間、静かな深みが口の中に広がります。桑名の海苔は、揖斐川・木曽川・長良川、三本の川が運ぶ森の養分と、伊勢湾から太平洋へと続く潮の流れが出会う場所で育ちます。上流の森では、式年遷宮に用いられる檜が、何百年もの時間をかけて育てられ、その恵みが川を通って海へ届きます。

桑名七里渡し公園には、伊勢路に入る入口である「一の鳥居」があります。この鳥居は、20年ごとに行われる伊勢神宮の遷宮で建て替えられた鳥居が移築されたものです。ここから伊勢に向かう東海道には、「はまぐり」を商う店が並んでいます。今回、桑名のはまぐりを食べて一週間たった今もなぜか元気。内側から充実している感じです。内側からゆっくり滋養が満たされていくのを実感します。元気というのは、自分で自分を励まして力を持つことだと、伊勢路の入口のはまぐりは教えてくれました。

桑名の名店「蛤料理 うえむら」で焼きはまぐりをいただきました。3つ並んで出てきた焼きはまぐりは、生でもなく焼かれすぎてもいず絶妙なころあい。1つはバターをのせて、もうひとつはスポイトで醤油を2滴たらして、最後はその両方で。はまぐりで思い浮かべるのは「蜃気楼」の「蜃」という漢字です。これは巨大はまぐりの化け物を表します。この「蜃」が気を吐いて見せるのが「蜃気楼」なのだそうです。「うえむら」の焼きはまぐりのおいしさは、まさにこの「蜃気楼」にやられたようなおいしさでした。

揖斐川、長良川、木曽川の三本の川が、伊勢湾に向かって流れています。その河口の近くで獲れる蛤は「ヤマトハマグリ」と呼ばれて、とても美味しい。今回は「蛤料理・うえむら」で、人生初の「蛤のフルコース」を頂きました。伊勢湾の海水と真水が混ざり合う汽水で育った蛤を使った料理の数々、期待を超えた驚きの美味しさでした。さらにびっくりしたのは、その蛤の大きさ。まるで「カスタネット」のように打ち鳴らせるぐらいのサイズでした。

冬の北陸、福井は日本有数の米どころ。福井は「越の国」に連なる土地で、名だたる銘柄米・コシヒカリが生まれた場所。今も農業試験場では、新しい品種が次々と育てられ、米は静かに進化を続けています。そんな福井にある大本山・永平寺では、坐禅、読経、朝粥、掃除――一つひとつの所作を丁寧に行う修行の中で、感謝と集中が積み重ねられています。祈りとは、願うことではなく、目の前の現実をまっすぐ受け取ることなのかもしれません。毎日を磨き続けるという“静かな進化”もまた、人を育てます。

富山県を流れる庄川で鮎を食べました。鮎の旬といえば夏ですが、冬の鮎「子持ち鮎」も絶品です。北アルプスの雪解け水が産んだ清流の「藻」を食べて育った鮎はいつ食べてもおいしいです。炭火で焼いて、水辺に生える「蓼(たで)」の葉を擦り下ろした「蓼酢」でいただきます。独特のピリッとした爽やかな辛さが、鮎のホクホクの卵を引き立てます。北陸の冬のおいしさです。自然をたくさん残している庄川に行くと本当にハッピーになります。

2026年から「ブロッコリー」が「指定野菜」になりました。「指定野菜」とは国民の食生活に不可欠で消費量が多い野菜を国が定めたものです。石川県加賀市は、 「ブロッコリー」の北陸最大の産地。「カガッコリー」という愛称で親しまれ、春・秋・越冬栽培でほぼ一年中出荷されています。これから春にかけて「越冬カガッコリー」が旬を迎えます。雪の下で育つことで甘味が増すそうです。70年代の減反政策への対策で地域に根づいたブロッコリー。「県ジンプロジェクト」を立ち上げ、名産品のブロッコリーでお酒のジンを作ることにしました。今年の前半にはできる予定です。

北陸の冬の空には、稲妻が光り、雷鳴が轟く、、、この現象、「ブリ起こし」と呼ばれています。ちょうど、この頃、日本海側を回遊しているブリが獲れ始めるとか。ブリ(鰤)は、師走12月になって、脂が乗り始めて美味しくなることから、魚へんに「師」と書きます。では、なぜ「ブリ」と呼ぶのか?一説には、江戸時代の本草学者である貝原益軒が、脂が多い魚という意味で「アブラ」から「ア」が抜けて「ブラ」そして「ブリ」になったとも言われています。では、寒ブリで有名な富山県の「氷見」の語源はどこから来ているんでしょうか?

発芽したばかりの野菜「スプラウト」。シャキシャキとした食感とみずみずしさは、サラダやお浸し、寿司のネタとしても親しまれています。日本では平安時代、発芽野菜は「さわやけ」と呼ばれ、『うつほ物語』には“さわやけの汁”として登場します。玄界灘に浮かぶ能古島では、昭和40年代から高品質な「かいわれ大根」の栽培が始まりました。潮風と土地に育てられた能古島のかいわれは、数日経っても食感を失わない力強さを持っています。玄界灘が育てた発芽野菜。種から芽吹いたばかりの“元気”は、時代や海を越えて、人の暮らしを静かに支え続けています。

ふぐの名産地といえば、やはり下関を思い出しますが、玄界灘に浮かぶ能古島(福岡県)も絶品の「ふぐ」を味わえます。下関や北九州の一部では「不遇」につながり縁起が悪いとされ「ふく」と呼ぶことも。文豪の志賀直哉もふぐが好物で、弟子の福田蘭童が料理した「ふぐ」を食べて娘さんの口が痺れたという驚きのエビソードも語られています。「ふぐ刺し」の美しい盛り付けの方法やふぐ鍋が「てっちり」というのは、「当たると死ぬ」鉄砲が由来だとか、話に事欠かないふぐ。寒い時期、ますますおいしくなる「ふく」を食べて「福」をたくさん取り込みましょう。

玄界灘に面している長崎県・平戸には「スボ」という名産品があります。ストロー(かつては藁)でまかれた"かまぼこ"のことです。食べるときには、周囲のストローを剥がして楽しみます。新鮮な玄界灘の「飛び魚」が原料に使われます。玄界灘で船に乗ると、「飛び魚」の大群が弾丸のようにビュンビュン飛んできます。生きてる魚の強さを思い知らされます。これがスボになって体内に入っていくのだと思うと元気いっぱいになります。

新しい年のはじまり、寒い季節に恋しくなるのが、鍋を囲む時間。火を囲み、同じ鍋を分け合うという、人の温もりを感じさせてくれる一皿です。今年は60年に一度巡ってくる「丙午」の年。江戸時代の火事と恋の伝説、八百屋お七の物語から、かつては“火”と結びつけて恐れられた年でもありました。しかし今では迷信として語られ、私たちは改めて火とどう向き合うかを考える時代にいます。江戸時代から続く、出初め式に込められた祈りのように、今年一年、火を大切に、慎重に扱いながら、あたたかな食卓と穏やかな日々を重ねていきたいものです。

今日は「七草がゆ」の日です。邪気を払い、万病を除くことができます。正月で疲れた胃腸を休めるごちそうでもあります。お正月には書き初めをした方もいると思いますが、私は先日、知り合いのお店で「お品書き」を書くのを手伝いました。献立の内容に合わせて、そのイメージの書体で書き上げたのですが、とても楽しいものでした。七草の「せり・なずな・こぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」もひらがなで優しく書くと、気持ちまで優しくなっているような気になります。自分がこれから食べようとしているものを書くのもある楽しさがあります。

年末年始に故郷に帰ってふるさとの味を楽しんだ方もいらっしゃるでしょう。ふるさとの味というものは、変わらない味ではなく、離れてみて初めて輪郭がくっきりするものだと思います。年末に故郷で食べた「大村寿司」という押し寿司は、すでに東京の味に慣れてしまった私には、ものすごく甘いものでした。食文化は日本の遺産です。そしてそれは、一人ひとりのふるさとの味でもあります。

「おせち料理」召し上がりましたか?お正月三が日は、神様もお休みなので竃に火を入れない。ということから、お正月は大晦日に作った「おせち料理」を食べて過ごすようになりました。料理に多く砂糖が多く使われているのも、長く保存できるように考えられた知恵なんですね。そして、日本には、昔から「ハレ」と「ケ」という考え方がありますが、「おせち料理」は、お正月という特別な時に食べる「ハレ」の食べ物、一方「ケ」は「日常」を表す言葉で、「ケ」の食べ物といえば、「ごはん」「お味噌汁」といった日常食になります。

12月31日、大晦日(おおつごもり)。おそばをたぐりに参りましょう。東京都内には「砂場」という有名な蕎麦店がありますが、実は江戸発祥ではなく、大阪が発祥です。大阪城築城の際の資材置き場の砂場の近くに店があったことからその名になりました。谷崎潤一郎もおいしいと褒めたお店です。砂場の「ざるそば」は蕎麦の実をみがいてその中心の部分を卵と水であわせて練り上げています。「もりそば」は蕎麦の実全体を使っています。それぞれの味わいがあって楽しいものです。そばは歯で切らず去年から続くいいことをそのまま来年に持っていきましょう。

都会で雪が降ると汚いものを白く隠してくれるようで嬉しい気がします。実は「雪」という漢字は「ほうきで掃くように、降り積もって世の中の汚れを払い清めるもの」という意味があります。日照時間が短く暗い印象のこの季節には、白いものを食べて気持ちを明るくしたいものです。さらに体も温まりたいとなれば「雪鍋」が最適です。ダシの中に具を入れ、大根や蕪をたくさんすって入れると鍋が真っ白な雪に埋もれたようになります。雪で真っ白くなった世界で、真っ白い雪鍋をいただいて、まっさらな気持ちで新年を待つのもいいかもしれません。

この時期食べたくなる「白い食べ物」といえば「イカ」ですね。そして、冬は「紋甲イカ」、表面を少し炙ると良い香りがして、さらに美味しくなります。今年の春、富山に行った時に「黒作り」と呼ばれる「イカ墨」を混ぜた塩辛を頂きました。大根おろしに柚子が絞ってありました。とっても美味しかったです。ちなみに「イカ墨」が入っていない「塩辛」は「赤作り」という呼ぶそうです。そして「墨」といえば、お正月は「書き初め」ですね。来年の抱負は「北船南馬」。今年以上に、全国色々な所を絶えず旅して動き回りたと思っています。

年末年始、めでたい時間に食べたくなる料理のひとつが「鯛飯」。日本の食文化らしい祝いの一皿です。広島・鞆の浦は、江戸時代から鯛の名産地として知られる場所。頼山陽の父、頼春水が記した鯛飯のレシピも、この地で獲れた鯛を用いるものでした。そして、その鯛飯に合わせたい酒として名を挙げられるのが、京都の銘酒「剣菱」。瀬戸内の明るい空の下、食と酒と歴史が静かにつながる、広島の一夜です。

江戸時代、漢詩・文学の世界で大きな影響を残したと言われる頼山陽。広島出身の彼は、当時から養殖されていた広島の牡蠣が大好きでした。京都に移り住んでも広島の牡蠣を絶賛宣伝し、漢詩にまでしています。とれたての新鮮なものはそのまま食べてもおいしいが、頼山陽は「桂皮(シナモン)」と「生姜」をつけて食べていました。実際にやってみると、これが想像以上に牡蠣に合いました。広島の養殖牡蠣を「一つ一つが峰から出てきた瑞雲のようだ」と称し、「故郷の美味は筆記になし難い」とまで頼山陽は言い募っていました。

広島でとてもおいしいあさりをスープでいただきました。「大野あさり」という広島の地域ブランドになっている名産品です。宮島(厳島)とその対岸にある廿日市市の間の水路で育てられます。なにこれと驚くほど味が濃いスープがとれます。はまぐりが身を食べるものなら、あさりはスープを取るものともいえます。「大野瀬戸」というミネラルを豊富に含んだ海で作られる「大野あさり」。このあさりで作ったパスタ「ボンゴレ・ロッソ」「ボンゴレ・ビアンコ」は最高においしいものでした。

広島の名産品と言えば「おしゃもじ」。「杓子(しゃくし)」とも呼ばれていますが、「おしゃもじ」という名前は、昔、宮中に仕える女官が使っていた「女房言葉」から来ています。「灼(しゃく)」に「お」と「もじ」をつけて「おしゃもじ」となりました。「おしゃもじ」を打ちならすと「カチカチ」という音がします。これが「勝ち」を連想させて縁起が良い!となって、必勝祈願の験担ぎとしても使われるようになりました。広島の野球の応援で「おしゃもじ」を打ち鳴らす様子は、もうおなじみですね。

宮城県・石巻は“橋の町”。橋の上から眺める水面はきらきらと光り、街の内側を映し出すような風景が広がります。そんな港町で味わったのが、大鍋で炊き上げる魚介たっぷりのパエリア。海の幸が豊富な石巻では、売り物にならない魚介も生かしながら、この料理が自然に街の食文化として根づいてきました。サフランの香りとともに広がる一皿のパエリア。その奥には、石巻とスペインをつなぐ、遠い時代からの交流の記憶が息づいています。

近所にフランスから出店されているおいしいパン屋さんがあります。そこで必ず買うのが「パンオレザン」。レーズン入りの「ぐるぐる巻きのパン」です。石巻という地名も石がぐるぐる巻くと書きます。石巻出身の有名人に、漫画家の石ノ森章太郎さんがいます。北上川の河口近くには「石ノ森萬画館」がありました。石ノ森さんの代表的な作品に「仮面ライダー」がありますが、その変身ベルトもぐるぐる回っていました。石巻でぐるぐる巻の「パンオレザン」を食べてみると、ぐるぐるぐるぐる、なんだか不思議な世界に巻き込まれていくような気持ちになります。

北上川の石巻市の隣の「登米地方」では、「ハット汁」という郷土料理があります。ごぼう、干し椎茸、にんじん、大根などとともに、小麦粉を耳たぶほどの硬さに練って、ひと口大に薄くちぎったものを入れた「すいとん」に似た料理です。ハット汁の「はっと」は「ご法度」が語源だとも言われています。米どころでありながら、コメを食べることを「ご法度」と禁じられた農民が、米の代わりとして、おいしく食べられる料理を作ったことからとも言われています。ありあわせの素材で作ることができる「ハット汁」、寒くなった今、おすすめです。

石巻で「ずんだ」のお菓子を食べました。「ずんだ餡」の材料といえば「枝豆」ですが、「青ばた豆」でも作るそうです。この「青ばた豆」は、東北では出汁に浸して食べることもあるとか。「青ばた豆」と「枝豆」それぞれ味わいがあって美味しいので、食べ比べてみるのもおすすめです。

松島湾に大きな満月が昇る夜、思い浮かんだのは“卵”という万能食材。茶碗蒸し、オムレツ、オムライス、プリン──形を自由に変えながら、人の暮らしに寄り添う味わいです。そんな卵料理の中でも、意外と一年に一度しか食べないという声も多い「伊達巻き」。そのルーツには、伊達政宗がローマへ遣わした支倉常長が持ち帰った“ロールケーキ”があるとも言われ、卵と魚のすり身を使った和洋折衷の知恵が詰まっています。

エンヤドットエンヤドットの掛け声でおなじみ、松島を代表する民謡「大漁唄い込み」。カツオ漁などの大漁を祝う歌でした。今では珍しくなったと言われる「ナマリブシ(生利節)」で、松島のカツオをいただきました。通常のかつお節か何度か燻製を繰り返して作るのに対して、「ナマリブシ」の燻製は一度だけ。だからなのか、カツオそのままの味が、芯のあたりに残っていて絶品でした。松島ではこうしてカツオをいつでも食べられるように工夫を凝らしていました。